歴史を感じる曹洞宗の白毫寺。
白毫寺の特徴
歴史を感じる白毫寺の境内から年魚市潟の美しい景色を楽しめる。
芭蕉句碑が建つ蘇鉄の下で、静かなひと時を過ごすことができる。
優しいご住職によるペットの戒名サービスが好評で、地域に愛されているお寺。
菩提寺に安定感があり、父の祖先の納得した寺院です。
佐久間信盛が山口氏の桜中村城の抑えの為に築いた砦が廃城になった後、建てられたそうです。当時松巨島の西端で年魚市潟(あゆちがた)に臨む勝景な地だったそうです。
佐久間信盛が山口氏の桜中村城の抑えの為に築いた砦が廃城になった後、建てられたそうです。当時松巨島の西端で年魚市潟(あゆちがた)に臨む勝景な地だったそうです。
近くのファミマからお寺の入口と駐車場の写真を載せます。
かつて戦国時代にこの場所に築城された、山崎砦の跡に創建された曹洞宗の寺です。入口は狭いですが、左側に広い参拝者用駐車場がありました。年魚市潟の案内板が表門の前に、大正9年(1920年)3月に建てられた大きな石碑が本堂の左奥にありました。
1571年の創建と伝えられている曹洞宗のお寺2023年1月上旬に参拝しました。笠寺台地の西外れに鎮座しています。東海道が整備される前は、こちらの北の石垣の下の道が主要なルート(鎌倉街道)でもあり、旅人たちはここから台地の下にあった遠浅の干潟(あゆち潟)を展望し、歌人は歌を詠んだ場所と言われ昭和48年に名古屋市の名勝に指定されました。松尾芭蕉も数回訪れ「春風や戸部山崎のやねの苔」の句碑が立てられています。実際、現地に伺うと石碑はあるのですが、かつてのあゆち潟は埋め立てられ住宅街に変貌し、境内にある樹木が生い茂り、一部の角度から住宅街が見える程度また本堂は戦災で焼失し再建されたもの観光客向けにはなっておりません。
駐車場も広く、歴史を感じる場所ですかね?東海道、鎌倉街道に近く古くから有るそうです。
白毫寺は平安中期に開闢(かいびゃく)されました。元亀2年(1571年)桂岩昌久和尚によって曹洞宗として創建。以後歴代住職により寺門の格式を高めてきました。十三世無着黄泉大和尚は天保年間(1835年頃)に多くの雲水・学僧から「東海禅林」と敬まれる修行道場を開き宗門の名を高めました。昭和20年(1945年)戦火を受け全堂宇を消失しましたが昭和60年(1985年)壇信徒の協力により再建されました。境内には「年魚市潟勝景碑」「万葉歌碑」「俳聖芭蕉句碑」などがあり、古の歴史を今日に伝えています。
ここから年魚市潟(あゆちがた)を見渡せるとのことで、その情景を詠んだ歌が万葉集にあるそうです。ただし、観光地の雰囲気はゼロです。普通のお寺です。私も法事で訪れました。あゆち、は、愛知の語源とも云われていて、今でも阿由知通など地名に残っています。
| 名前 |
白毫寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
052-811-6344 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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曹洞宗百毫寺。ここからの眺めが魚市潟といって名所になるほど海が間近にあったということですね。(偏額の山号は草書体で読めませんでした)山門の前の大木の枝が門の屋根を覆うように横にうねり、龍の横臥する様を思わせ手くれます。禅寺らしくすっきりとした簡素なお堂とお庭。狛犬があるのが神仏集合の名残を遺してくれていますね。