江戸時代の豪商本間家探訪。
本間家旧本邸の特徴
日本一の地主の武家屋敷として、歴史的価値が高いお屋敷です。
豪商本間家の精神が反映された、質素でありながら立派な邸宅です。
昔の生活様式を感じながら、展示をゆっくり見学できる場所です。
酒田の豪商、本間家の旧本邸。930スタートで少し始まるのが遅く省略。
北前船で有名な酒田の大商人の本邸。本間美術館からは少し距離があってこちらは街中です。美術館とは異なりこちらは基本的に撮影禁止ですが、結構広いです。本邸と美術館の共通券のセットがありますが、どちらかだけなら自分は美術館の方をオススメします。美術館の方は学生割引があるので、共通券買うと損します。道路挟んだ向かいには別邸があり、こちらは撮影可能です。どちらかと言うと土産物売り場という感じです。
2024年6月平日の午前酒田本間家の三代目当主である本間光丘が、幕府巡検使本陣宿として庄内藩主酒井家に献上、その後拝領した、二千石格式の長屋門構えの武家屋敷です。玄関先の臥龍の松は樹齢400年以上を重ね、悠々たる佇まいです。日本一の大地主と呼ばれ「本間様には及びもないがせめてなりたや殿様に」と詠われた、本間様の旧本邸です。なお、邸内は写真禁止です。*******本家の歴史本間家初代久四郎原光が元禄二年(1689)本町一丁目に『新潟屋』を開業した。三代光丘は千石船による商いを始める一方、農業振興のため土地改良・水利事業を行い、又、永年にわたる風害軽減のため砂防林の植林に心血を注いだ。また、荘内藩主酒井家の信望を頂き請われて落財政の相談に預るなど、地域社会の発展に努めた。以来、商人と地主の任を全うしながら、代々酒田と共に歩を進め、今日に至っている。歴史を刻む武家屋敷本間家旧本郎は、三代光丘が幕府巡見使一行の本陣宿として明和五年(1768)新築し、荘内藩主酒井家に献上し、その後拝領した。この建物は、母屋桁行33.6m、梁間16.5mの機瓦芽平屋書院造りの武家屋敷と商家造りが一体となる珍しい建築様式。商家造りの方で昭和20年春まて生活し、昭和24年から51年まで公民館として利用された。昭和57年に一般公開し、様々な企画展を開催、建物と代々受け継ぐ志をご覧頂いている。
観光で訪れました。建物のどこを見ても建てられた当時の素晴らしい材料と技術で作り上げられた事が見てとれました。現代の建築とは全然違いますが、天然の素材を生かした建物は現代の贅沢とは違った良さが有ります。この建物を見るなら建物を建てた物語の背景も学んでから見た方が何倍も勉強になります。
バス待ち時間が余ったので覗いてみた何か有名な昔のカッコイイおうち。邸内は有料ですが敷地内までは入れ、休憩所は分煙なく喫煙可能っていまどき珍しいかな。防火対策に自信があるのかな。
「日本一の地主の武家屋敷」「1768年建築」「撮影禁止」本間家はかつて「本間様にはなれないが、せめてお殿様になりたい」といわしめるほどの豪商でした。建物内部の構造がそれを物語っています。注目は客間と居間の造りが大きく異なる点です。来客する部屋は武家屋敷で、豪華な木材と高い天井、広い部屋です。居間区画の商家造りはその逆です。元々来賓のために建てられたので、節制や謙虚さといった経済性と精神性を表しているそうです。【入館料】800円(酒田共通入場券あり)【無料駐車場】十分な広さ【トイレ】新しい設備で清潔#letsguide #名所 #日本一。
歴史を感じる展示をゆっくり見学して、便利すぎてかえって不便なこの現代の生活と比べて、こんな生活いいなと感じる。本邸の内部は撮影禁止。道路向かいの住居として使用していたという現在お土産店は撮影可能。
2022.7.31来訪。本間美術館を見学した後に来た。まずは玄関前の巨大な松が目に入る。邸宅の屋根の瓦に食い込まんばかりの迫力である。松の大きさを考えると元々、松があったところに屋敷を建てその後、松が大きくなり、屋根を圧迫する形になったと思われるが近くで見るとけっこうな迫力である。邸宅は武家屋敷と商家に分かれており、それぞれに玄関があり建材も異なる。これは以前、武家屋敷だった建物を本間家が受け継ぐ形になったが、商家である本間家が武家屋敷には住むのは恐れ多いと、わざわざ後から商家を建ててこのような造りになったとか。カネ持ちの割には謙虚な家柄である。邸宅内は200坪あり、本間家伝来の展示品が陳列されている。ただ、この邸宅内は写真撮影が禁止。本間美術館の別邸は撮影可能だったのに、どうして本邸はダメなのかスタッフに尋ねたら、美術館のほうは公益法人になっているが、この本邸は本間家個人の持ち物であり、12代目当主の意向で撮影できないのだとか。当主に意向を変えるように伝えてほしいとスタッフにお願いしてここを後にする。
自分のルーツを探る旅・なんておこがましいが。ロマンはある。日本一の田んぼの大地主。北前船は日本中に商い。戊辰戦争では庄内藩に多額の応援をしたが、破れて明治政府に莫大な罰金を払う。それでも更に大きく商いをする。第二次世界大戦敗戦後GHQの施策で農地は激減するが、庄内米を全国に流通させることに尽力した本間家。HONMAグルフは高級品で何も持ってはいないが、憧れはある、酒田市。1度目訪れたのは「ぶらタモリ」の放送を偶然見た直後。その2年後に一人旅で訪れました。
| 名前 |
本間家旧本邸 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0234-22-3562 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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本間家がいかに江戸時代に商売を極めていたのかをはかり知ることができることは間違いありません。かなり昔の建物なのにその頑丈さ、絢爛さに驚嘆せずにはいられないことでしょう。、