白虎隊士自刃の地、悲しみの風景。
白虎隊士自刃の地の特徴
飯盛山は白虎隊士自刃の地であり、歴史的な悲劇を感じられます。
鶴ヶ城を見下ろす展望スポットで、会津を一望できる魅力があります。
白虎隊観光として整備され、気持ちよく訪れることができます。
市の飯盛山の山頂近くにある「白虎隊士自刃の地(びゃっこたいしじじんのち)」は、1868年(慶応4年)の会津戦争において、16歳から17歳の少年たちで編成された白虎隊士中二番隊の19名が壮烈な最期を遂げた歴史的場所です。旧滝沢本陣から出撃した白虎隊士中二番隊は、戸ノ口原の戦いで新政府軍の激しい攻撃を受けて苦戦を強いられ、命がけで冷たい戸ノ口堰洞門を潜り抜けて飯盛山へと逃れてきました。満身創痍で辿り着いたこの地から城下を見下ろした際、彼らの目に飛び込んできたのは、赤々とした炎と黒煙に包まれた市街地でした。隊士たちは、煙の合間に見える鶴ヶ城(会津若松城)がすでに敵の手に落ち、落ち城となったと誤認します。「敵の手にかかって恥を晒すよりは、城と運命をともにして武士らしく潔く果てよう」と覚悟を決めた若者たちは、互いに別れを告げ、この斜面で次々と自刃を遂げました。現在、自刃の地には彼らの慰霊と忠義を伝える石碑や、鶴ヶ城の方角をじっと見つめる隊士の銅像が佇んでいます。この場所からは今も会津若松の街並みを一望することができ、天気の良い日には遠くに鶴ヶ城の天守閣を望むことができます。静けさに包まれたこの展望の地は、幕末の会津戦争が残した最も切なく悲劇的な史跡の一つとして、訪れる人々に時代のうねりと若者たちの悲壮な物語を静かに語りかけています。
白虎隊十九士の御廟所から少し進んだところにある、白虎隊士自刃の地。現在は周囲に墓地が広がり、その中の一角がぽっかりと空いたような場所になっている。ただ、彼らがここへたどり着いた当時は、当然ながら今のように整備されていたわけではない。おそらく、ただの山の斜面だったのだろう。そこから前方を眺めると、遠くに鶴ヶ城が見える。戸ノ口原から飯盛山まで逃れてきた少年たち。ここまでの逃走で体力も気力も限界に近かったのではないか。遠くに見える鶴ヶ城を、この場所から彼らはどのような思いで見つめていたのだろう。白虎隊士の自刃については、唯一生き残った飯沼貞吉が後年に残した記録もあり、さらに2023年には飯沼に関係する新たな史料の発見が報じられたという。歴史上「白虎隊十九士」として語られてきた彼らだが、一人ひとりはまだ10代の若者だった。新たな史料の研究が進めば、彼らがこの場所で何を見て、何を考え、なぜその決断に至ったのか。その時の心境が、これまで以上に明らかになっていくのかもしれない。遠くに見える鶴ヶ城と、静かな山の斜面。実際にこの場所に立つと、歴史上の出来事というよりも、彼らがここまで逃れてきた「最後の道のり」を強く意識させられる場所だった。
鶴ヶ城が見えるような見えないような。白虎隊のストーリーにあこがれを抱いた何とかさんとか、ローマ市の絶賛の説明とがありました。私には悲劇にしか思えないのですが、時代とか地域とかで感覚が違うのかな、と。
駐車場から、大分歩かなくては行けないです。写真の階段の所を左へ回って行き、さざえ堂の方から回って行くと楽に行けます。ここで隊士が自害した所なのだと思わされ、54年ぶりに訪れた地に思いを馳せました。展望が良く、行ってみる価値はあると思いますが、会津若松城が何処にあるのか、探すのにひと苦労します、晴れていると城の瓦屋根に太陽光が反射して分かりづらく、ここからの展望の写真でも有れば良いのにと思わされます。是非、城の場所が分かる展望写真を設置してもらえたらなあと思いました。駐車場は、市営観光客専用駐車場(写真の駐車場)に停めて下さい、砂利の所ですが、無料で停められます。他の所は、この駐車場の隣に駐車場(舗装されている)が有りますが、一回停めれば、1500円取られ、斜め向かいの砂利の駐車場は、一回停めれば、1000円取られ、ぼられますので、ご注意下さい。
初めて福島県へ来ました。前日に鶴ヶ城へ行き、恥ずかしながら白虎隊の存在を初めて知りました。このような悲劇があったと知ると胸が苦しくなると同時にここへ来なくてはと強く思いました。素晴らしい歴史の会津の街に出会えたことを感謝し合掌させていただきました。また訪れた際には必ず寄りたいと思います。
平日、ツアーで訪問。飯盛山山頂までは、183段の階段、その横にスロープコンベアなる動く歩道があります。250円で、利用する人多いです。自刃の地からは鶴ヶ城が望めます。彼らの無念を思うと胸が締め付けられます。
会津はいたるところに内戦の傷跡が残る地。青年達の忠誠心が痛いほど伝わってくる史跡。色々と考えさせられました。
戊辰戦争で散った少年兵のお墓。私は出身が長岡で当時会津と同盟を組んでいたということもありこちらが修学旅行先に選ばれるとなかなか身近な場所。こちらからは当時彼らも見たであろう会津若松城がみえます。眼のあまりよくない自分が確認できるのに昔の視力の良いはずの少年たちまた当時はビルや建物はなく城がはっきり見えたと思われるのに周辺の火災を落城と誤認して自刃したという話は少し疑問に思ってたがここ最近にこの通説が覆されたと聞いてびっくりした。ながめもよいので歴史抜きでも立ち寄る価値があると思います。
歴史を感じる場所ですあの日もし隊長と別れなければあの場所からの風景でお城がはっきり見えていれば飯盛山へは階段か又は250円でエスカレーターでも行けます降りは有りませんので登りのみ支払いは現金のみになりますまたは、スロープの方が階段を上るよりは少し楽に感じました今回は物珍しさも有りエスカレーターを使わせてもらいました。
| 名前 |
白虎隊士自刃の地 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0242-39-1251 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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飯盛山にある「白虎隊士自刃の地」へ。ここは戊辰戦争の際、白虎隊士が自刃したと伝えられている場所。実際にこの場所に立つと、教科書で知っていた歴史が一気に現実のものとして感じられました。現在は会津若松の街を見渡すことができ、当時の白虎隊士たちもこの景色を見ていたのかと思うと、何とも言えない気持ちになります。飯盛山を訪れるなら、景色を見るだけではなく、ぜひここにも立ち寄ってほしい場所。会津の歴史を知る上で、とても印象に残る場所でした。