歴史深い国際墓地の散策。
稲佐悟真正寺国際墓地の特徴
1602年に設けられた唐人墓地が特徴的です。
オランダやロシアの歴史を感じられる場所です。
坂を登った先に広がる国際墓地の風景が魅力的です。
悟真寺が 1602年に唐人墓地を設けたことに始まり、その後オランダ、時代を経てロシアと坂を登るように開発されて国際墓地の様相を留めている。レンガの小路を登ると稲佐公園にまで至る結構な高低差があり墓の上からは市街の景観が堪能できる場所だ。
| 名前 |
稲佐悟真正寺国際墓地 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
ドイツ系アメリカ人の商人であり、貿易商社の共同経営者であったグスタフ・ウィルケンスさんのお墓を見に行った。彼は安政6(1859)年に長崎へ来航。石炭商社「カール・ニクル商会」の共同経営者となるも、明治2(1869)年1月、37歳の若さで亡くなってしまった。彼は死ぬ時、自分の財産の全てを丸山遊女で彼の狎妓(かわいがっている妓女や目をかけている芸妓)玉菊に与えている。しかし玉菊(当時25歳)は、その財産の大半を使って桁外れに大きな墓碑を建てた。確かに墓石の側面には小さく女文字で「津国屋内 玉きく」の文字が刻まれている。見たかったのはそれ。玉菊は彼を深く愛していたため、残りのお金も貧窮している人たちに与え、玉菊自身は貧しい中に生涯を終えたそうな。ウィルケンスさんと玉菊さんとの時代と国境を越えた、遠い遠い恋物語でした。墓地周辺及び墓地内の境界石も残します。