水前寺成趣園の歴史を辿ろう。
水前寺廃寺跡の特徴
水前寺廃寺跡は、熊本市指定の重要な史跡です。
熊本市の名勝水前寺成趣園の近くに位置しています。
玄宅寺の南側にあり、歴史を感じる場所です。
📅2025-1月案内版は見やすいのですが、場所的には整備されていない感じでした。
水前寺廃寺跡は名勝及び史跡水前寺成趣園の西側、玄宅寺の南側に位置し、熊本市で特に重要な遺跡として熊本市指定史跡に指定されています。現在は中央の心礎(塔の中心の柱の礎石)の周りに4個の礎石が残っていますが、塔の基壇の周囲は削られています。近隣の発掘調査から8世紀後半以前の瓦葺の塔跡であると考えられています。左の写真は熊本地震によって石積が崩落した際に調査した写真です。この写真からは、質(色)の異なる土を交互に入れ替えながら積み、塔の基壇を造成した様子がうかがえます。
石碑があるだけで、わかりにくいですね。
| 名前 |
水前寺廃寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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何故か以前のスポットが削除されて作り直されていたため口コミを再掲↓水前寺公園が有名なこの場所ですが昔々はこの地に水前寺というお寺がありました。日本初の律令 大宝律令を編纂した人物の一人、道君首名(みちのきみのおびとな)という人物は新羅で唐の最先端の農業や治水技術を学び713年に筑後・肥後の初代国司としてこの地にやってきました。首名は玉名の繁根木川周辺の治水や池上地区の治水などを勧め肥沃な水田を増やすことで肥後を九州唯一の"大国"に押し上げました。国府のあった水前寺周辺でも治水を勧めたのだと思われます。そんな道君首名の死後、良国司と慕われた首名を祭る祠などが多く作られたといい、その1つが首名の屋敷跡に建てられた水前寺とされます。水前寺という寺自体は平安時代に焼失し現在残っていませんが礎石部分だけが見つかっています。それがこの水前寺廃寺跡です。