桜舞う木山城趾公園で散策。
木山城趾公園の特徴
春には美しい桜が楽しめる公園で、訪れる価値があります。
木山弾正の本拠地としての歴史ある城跡が魅力的です。
ミナテラス近くで、ショウブ園やサンジ像がある散策スポットです。
桜の時期はお花見いいです。
駐車場までの道が狭く、急な登り坂もあるので用心して進む必要があります。また駐車場には白線がないので停めるときちょっと考えます。公園は間近で綺麗な桜や遠くの景色が見れるし、混み合ってもないのでゆっくりするにはいい所だと思います。
トイレとひと休憩のため来ました。私が訪れた際は、トイレの前辺りに不審な車とか止まっていたので夕方以降は行かないほうが良いかと感じました。
私の親戚が木山氏がいました、宇土市〜木山〜阿蘇他の地区へ移動していました。
春になると桜がキレイですショウブ園や麦わらの一味のサンジ像が設置してあるミナテラスの近くですので散策に最適です写真は以前に撮ったものです。
小高い丘の上のにある城跡を利用した公園です。桜の木が植えてありますので、春になればとても良い桜が見られそうです。公園中央部に枝垂れ桜があります。川辺にある秋津川公園とも隣接していますので、散歩やウォーキングに最適かと思います。自然を満喫出来るとても良い公園だと思います。
仏木坂で加藤清正と一騎打ちをし、討ち取られたと言う木山弾正本拠地の城。曲輪の跡も残っています。城跡から見ると熊本地震の復旧ボランティアで訪れた家も新しく建て代わっていました。
| 名前 |
木山城趾公園 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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木山城趾公園中世に栄えた木山氏家代々の居城とされ、現在は町の田園風景が一望できる公園として整備されています。園内には四季折々の花が咲き、春には桜が満開になり、毎年この季節には「弾正祭」が開催されています。木山城は、阿蘇氏の一族である木山氏によって築かれた城です。天文16年(1547年)木山惟久のときに赤井城を築いて居城を移したため、木山城には家老・竹崎筑後が城代として在城しました。天文17年(1548年)菊池義武が大友氏より自立を図って争った際には、阿蘇氏・大友氏側の前線である木山城も戦場となっています。天正12年(1584年)島津氏が肥後に侵攻し、赤井城とともに落城しました。天正13年(1585年)豊臣秀吉による九州征伐のあとは小西行長の支城のひとつに位置づけられました。慶長5年(1600年)関ケ原の戦いによって西軍に与した小西氏が滅ぶと木山城も廃城となりました。比高約25mの丘城で、空堀跡と見られる遺構が現存します。昭和57年(1982年)豪雨で城跡の北側斜面が崩れ、被葬者と副葬品を納めた箱式石棺が現れたことから、縄張りの一部に古墳時代の円墳が取り込まれていたことが判明し、『城の本古墳』と名付けられたました。平成4年(1992年)より「木山城趾公園」として整備が進められたところ、平成17年(2005年)にその工事現場より再び別の石棺が出土し、『城の本2号墳』として報告されました(城の本古墳群)。城跡とは直接関連しない遺構ですが、両古墳から出土した遺物は益城町指定有形文化財に指定されました。公園のある「寺迫(てらさこ)」という地名は、かつてあった肥後熊本藩の上益城郡(かみましきぐん)寺迫村に由来します。明治22年(1889年)寺迫村・木山町村・宮園村が合併して、木山町(きやままち)が発足しました。昭和29年(1954年)木山町・飯野村・広安村・福田村・津森村が合併して、益城町が発足しました。