大分府内城、歴史感じる散策地。
府内城跡の特徴
日本100名城に選定された歴史的な府内城跡です。
安土桃山時代に築城された梯郭式平城の一つです。
市役所の臨時駐車場として利用されている独特の場所です。
大分駅から徒歩15分ほどの場所にある平城の府内城一帯は城址公園として整備され、無料駐車場もあり観光にも休憩にも訪れやすい休日に訪れましたが、炎天下のため整備業者の作業員以外は訪れている人はいませんいくつか櫓は現存していますが、大火や戦火で多くの建物は焼失しており、天守は無く天守台のみ大手門や廊下橋は復元されており、歴史好きなら見て回るには十分だと思います桜の時期にはお堀も見応えありそう少し涼しい時期にゆっくり見て回るほうがベスト。
日本100名城No.94‥大分府内城市役所や合同庁舎 オフィスビルが建ち並ぶなかに存在する平城です。記載のとおり天守閣はなく天守台のみ残っています。
市中心部、繁華街から少し離れたところにある城址。元々平城であったので山を登る必要なく見学は容易。一点、天守跡へは途中から階段が設置されているが、そこまでは石垣を登る必要があるので足の不自由な方は難しいだろう。戦時中に空襲で天守は破壊されて現在は一部の城壁と櫓が残るのみで空き地が大半。現在修復作業が進められているので修復後の姿も見てみたいと思う。
府内城は大分川と住吉川の河口部に築かれ、本丸、二之丸、三之丸と城下町から構成されていたとの事です。往時は四重の堀で囲まれた堅固な城だったとの事ですが、明治時代に埋め立てられ、現在は二之丸、三之丸を区切る内堀のみが堀として残っていました。他、宗門櫓、人質櫓は現存しており、江戸城の意匠を、今に伝える貴重な文化財となっています🍀
日本100名城の一つに選定されています。秀吉公の家臣である福原氏が大分川の河口付近に荷揚城を築城したのが始まりで、竹中重治公(半兵衛)の従弟にあたる竹中重利公が府内藩主として荷揚城を大改修したものが現府内城になるとのことです。築城当時は海岸線がこの辺りまであり海城の様相であったが、現在は典型的な平城と言えます。その後、藩主の変遷があり、松平氏で維新を迎えています。明治となり、城内に県庁が置かれたこともあり、城の規模は縮小しています。訪れて見たところ、災害の跡がまだ残っていて復旧途上といった感じでした。敷地内には松平のお殿様を祭神とする松栄神社があります。
大分の中心部にあり、城内は市役所の臨時駐車場になっています。数年前は仮の天守閣がありましたか今は面影もありません。市民に活用できる場か天守閣の復活があればいいのにと思います。
府内城は、歴史を感じられる城跡ですが、復元されている箇所が少ないため、少し物足りなさを感じました。石垣や堀の部分は見ごたえがありますが、城そのものがあまり残っていないため、他の大規模な城と比べるとやや地味な印象です。周辺は整備されており、散策には良い場所ですが、特に歴史や城に詳しくない方には物足りなく感じるかもしれません。城跡を軽く楽しみたい方には良いですが、深く歴史を探求したい方にはやや期待外れかもしれません。
府内城は、梯郭式平城で安土桃山時代後期、府内に12万石で入封した福原直高により築城されました。しかし福原直高は改易され、早川長政の府内再封をへて、関ヶ原の戦いの後に3万5千石で入封した竹中重利により城内の完成をみました。お城は水に浮かぶような姿につくられ、城内には廊下橋で繋がれていました。天守丸の広さは、姫路城とほぼ同じ大きさの立派なものだったようです。石工は熊本から、大工は大阪から、瓦師は京都伏見から職人を招き、当時の最新技術で築かれたとみられます。
私が行った時にはほぼ市役所の駐車場として使われてました。天守台に登れるのとスタンプのある多聞櫓門と各種櫓、小さな庭園、隣の神社と結んでいる廊下橋と堀が見どころでしょう。一部塀が崩壊してました。きっと激しい戦いがあったのだ…と言うことにしつつ、補修工事頑張ってもらいたいものです。本音を言うともうちょっと整備してほしいなぁと思いました。整備計画があるようです。
| 名前 |
府内城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
097-537-5639 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 8:00~18:00 |
| HP |
https://www.city.oita.oita.jp/o204/bunkasports/shitebunkazai/1352943146749.html |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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大分県の大分城なのに未整備って感じで物足りない場所ですね。近くNHKのビルが強烈なのと比較してアンバランスです。工事中でしたので、何かしらできる様ですが今は観るところがないです。大手門のところにおいてあるスタンプを押してすぐに撤収しました。