国宝清白寺仏殿、美しき癒し。
清白寺の特徴
参道には美しい彼岸花が咲き、訪れる人を魅了します。
室町時代前期建立の国宝仏殿があり、見応えがあります。
お坊さんの気さくな対応に和む、心安らぐ空間です。
2025.8山梨県には国宝指定建造物が2つあり、1つは勝沼の大善寺本堂でもう1つは清白寺仏殿です。清白寺仏殿は唐様建築(禅宗様建築)の代表的な遺構で、方三間裳階付仏殿という形式の典型例でもあります。内部は文様が彩色され、漆塗が施されているそうですが、通常開放されていないので拝見は出来ませんでした。同じく国宝建造物のある大善寺(ぶどう寺)に比べると観光客はあまりいなさそうです。《注意点》Googleマップのナビでは清白寺でルート案内すると裏手の道から案内される可能性があります。(私はそうでした)その道はかなり狭くて乗用車では怖い思いをすると思いますので、清白寺の南側の道でルート検索した方が安全だと思います。【宗派】臨済宗妙心寺派【御本尊】釈迦如来像【由緒】甲斐国では元徳2年(1330年)に夢窓疎石により開創された恵林寺や長禅寺(古長禅寺)をはじめ夢窓派による禅宗寺院が創建されているが、清白寺は正慶2年(1333年)あるいは観応2年(1351年)の創建とされる。『甲斐国志』によれば開基は足利尊氏で、国家安泰戦勝祈願所として創立し、二世住職で夢窓疎石の高弟清渓通徹により開創され、清渓が師の夢窓を開山と位置づけている。室町時代には関東夢窓派の中心寺院となった鎌倉建長寺末だったが、江戸時代初期ごろに妙心寺末となった。仏殿を残して一度焼失したが、寛永年間に諸堂が再建された。しかし、天和2年(1682年)の火災で仏殿を除きほとんどの堂宇が焼失したため、貞享年間から再建工事が開始され、享保16年(1731年)の惣門完成をもって寺観が完成した。
凄く立派で綺麗なお寺でした。お庭も綺麗でした。百合が綺麗に咲いておりました。
山梨県に2つしかない建造物の国宝の1つが清白寺の仏殿です。仏殿は1415年に建立されているそうで、大変貴重な禅宗建築の遺構です。
参道の両脇に咲く彼岸花が美しかったです。秋桜も門の辺りに咲いていて良い風情でした。
足利尊氏が開基し、夢窓国師(疎石)を開山として、正慶2年(1333)に創立されたと伝わる臨済宗の寺院です。天和2年(1682)の火災で仏殿を残してほとんどの堂宇が焼失し、その直後から享保16年(1731)の総門の完成まで再建工事が行われています。総門、放生池、鐘楼門(改築)、仏殿、本堂が一直線上に並ぶ禅宗特有の伽藍配置がみられます。国宝としてはかなりこじんまりとした寺院で畑の中の目立たない場所にあります。寺院自体もそれ程広くなく、人もいないので見学は10分程度で終わります。
東山梨駅より徒歩で行かれる。駅そばに、国宝がある。梅が植わる参道を歩くと、そこには、重厚な建物が。畑のなかに忽然と現れる国宝。一見の価値がある建物だ。駅から、ふらりと散歩して、国宝。なんとも贅沢だ。
東山梨駅から歩いてすぐの場所にある国宝のお寺で、車ならば気を付けていても素通りして通りすぎてしまうくらい葡萄畑の中になじんでいて、国宝の標識も最小限におさえられています。50mほどの長さの狭い参道を車で徐行して駐車場に行くことができるという珍しいお寺です。室町時代に創建されたわりには、新しく感じられ歴代からの建築物の管理がしっかりと行われてきたことが分かります。毎年、9月下旬になると、彼岸花が参道に咲き乱れるのでとくにお薦めで、遠方から遥々、お寺に参拝に来る人がいるほど貴重なお寺です。
甘い老梅の香りに癒されます♪♪♪国宝の建造物の拝見にまた御朱印いただきに行きたい🧡1月末日満開でした🧡
鎌倉時代末期に足利尊氏を開基とし夢窓国師が開山したと伝わる臨済宗の寺院です。畑の中に美しい仏殿(国宝)ときれいな庫裏(重要文化財)が建っていました。また山門の前に時代を感じさせる石仏がありました。東山梨駅から徒歩(10分程度)で訪れました。
| 名前 |
清白寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0553-22-0829 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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あまり人は居ませんでしたが、国宝建造物を無料で見ることができますとても綺麗に維持管理されていました。