日本武尊が拝んだ聖地。
大塚丘の特徴
日本武尊が富士山を遥拝した歴史的な場所です。
小さな祠ながら神秘的な雰囲気が漂います。
北口本宮浅間神社から徒歩5分でアクセス可能です。
御朱印が頂ける神社。直書きして頂ける。御朱印は北口本宮冨士浅間神社の朱印所にて。日本武尊ゆかりの由緒ある神社。小さな祠があるだけと言ってしまえばそれまでだが北口本宮冨士浅間神社の元宮である。日本神話的なこういう場所は素敵すぎる🤩北口本宮冨士浅間神社の参道右手に外れた道を5分ほど歩いた場所に鎮座する。周りには駐車場はないので浅間神社の参拝者専用駐車場から歩きましょう。
令和7年卯月 北口本宮冨士浅間神社様に参詣後、冨士登山道吉田口から道路沿いを道なりに約3分(第6駐車場の近く)歩き、参拝に上がりました。こちらは創建の地 元宮、御祭神は日本武尊命様、清閑で神聖な空気のところに御神木と小さな祠があります。森の中の隠れ家的な祈りの場です♪過去の備忘録1日目:富士山本宮浅間大社→富知神社(ふくち)→山宮浅間大社(やまみや)→白糸の滝→身延山久遠寺 奥の院→冨士御室浅間大社(ふじおむろ)2日目:河口浅間神社(かわぐちあさま)→新倉富士浅間神社(あらくら)→北口本宮冨士浅間神社【大塚丘おつかやま】→新屋山神社(あらややま)
久しぶりに神社巡りday今日は富士吉田周辺を巡る予定の二社目。北口本宮冨士浅間神社には何度も参拝してますが、こちらは初めて伺いました。北口本宮冨士浅間神社に来た際はご一緒に。
もう30年以上も北口富士浅間神社へお参りしていたのですがここを知ったのはつい最近でした、今回初めてお参りさせて頂きましたが浅間神社のように参拝者が沢山いるような事もなく静寂な空気が流れているとても良い場所でした、
途中から雨に濡れての参拝となりましたが、濡れた森や土壌から放つ香りは日常の喧騒からは得られる事が出来ないので、とても清々しい気持ちになることが出来ました♪。
ヤマトタケルノミコトが戦勝祈願のため富士山に遙拝した場所です。今ではパワースポットと言われてます。階段を登る際には六根清浄と唱えてみたらどうでしょう。近くに富士吉田のパインズパークがあります。松が綺麗、桜もまだ咲いてます。芝生も綺麗です。意外と知られていないので穴場スポットです。ツツジも綺麗!富士山も良く見えます。
大塚丘(おおつかやま)は、日本最大のパワースポットである富士山を取り囲むパワースポット群の一つで、景行天皇40年(110年)の御代に日本武尊(やまとたける)が東征の折、足柄の坂本(相模国)から酒折宮(甲斐国)へ向かう途中当地【大塚丘】に立ち寄り、富士山を仰ぎ拝され『北方に美しく広がる裾野を持つ富士山は、この地より拝すべし』と仰せになったと伝えられています。この事から、大塚丘に鳥居が建てられ、後の景行天皇50年(120年)の御代に祠が建立され、浅間大神と日本武尊をお祀りしました。古代では、高く美しい山には、神様が宿ると云われ、人が立ち入る事は禁忌でした。そのため、当地で神様の宿る山・富士山を遥かに拝み、祭祀を執り行う場所であったと伝えられています。現在、社殿を取り囲む様にそびえ立つ巨木は、その神域を物語っていると思います。
大塚丘(おつかやま)北口浅間神社の社殿の右側を約500m歩きやすいですが若干上っているので口コミでも所要時間はまちまちです!距離も本殿、社殿、大鳥居それぞれ基準点が違うのでまちまちなのだと思いますご祭神:日本武尊の命由緒によれば、もともとはこの場所に浅間大神と日本武尊を合祀してあったそうですなので現在の場所に祀っている北口浅間神社より創建が古く景行天皇40年(110)(北口浅間神社は延暦7年(788)甲斐守紀豊が丘の北東に社殿を創立し浅間大神を遷座させた)北口浅間神社に参拝された方はお時間があればお立ち寄りください。
北口本宮冨士浅間神社の発祥の地。日本武尊が祀られている。以下、由緒より引用。「人皇十二代景行天皇四〇年(一一〇)日本武尊(やまとたけるのみこと)御東征の砌、箱根足柄より甲斐國酒折宮に向う途次、当地御通過、大塚丘にお立ちになられ、親しく富士山の神霊を御遥拝され、大鳥居を建てしめ、「富士の神山は北方より登拝せよと」勅(みことのり)され、祠を建てて祀ったのが始まりとされている。延暦七年(七八八)甲斐守紀豊庭(かいのかみきのとよひろ)占し現在の位置に神殿を建て浅間の大神を祀り、大塚丘には日本武尊の神霊を祀っ た。」
| 名前 |
大塚丘 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0555-22-0221 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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日本武尊が必勝祈願をしたなんて、ゾクゾクしました。すてきで静かな空気が流れている場所でした。