麓館の石垣、勝尾城の歴史探訪!
勝尾城筑紫氏遺跡(筑紫氏館跡)の特徴
勝尾城筑紫氏遺跡では、発掘調査により石垣が見えやすくなっています。
戦国時代に筑紫氏が居城を構えた歴史的な場所です。
駐車場が広いので、九千部山登山の際にも便利に利用できます。
勝尾城筑紫氏遺跡は、戦国時代90年間にわたり筑紫氏が勝尾城を中心に居城や支城群など九千部山の谷間に城下町を構成した遺跡です。規模的にも大規模なもので、国の史跡に指定され、九州の一乗谷とも呼ばれています。その規模は、東西2.5km、南北2kmにおよび主腰部230haに及ぶものです。勝尾城を中心に、麓の館跡を始め谷をぐるりと巻くように鬼ケ城、高取城、葛籠城、鏡城、若山砦と5の支城、さらに家臣の屋敷や寺社、町屋跡など発掘されています。筑紫氏は、戦国時代後期、鳥栖を中心に東肥前や筑後、筑前にかけて勢力を持つた武族でした。
こんだけ重防御の城持ってても目立つ戦国大名じゃなかった筑紫氏……大将がボンクラやったんかな?駐車場はかなり広いよ。九千部山に登る人が前泊するのに使ったりするらしいし……山登り苦手な人は下の石垣のとこなら水遊びも出来るしよろしいかと肝心の城は道はほとんど竪堀みたいになってるし、やたら意味なさそうな分岐がある。大軍を集中運用させないやり方らしいね。山頂近くはロープだらけかなり登り辛いよ。でも苦労して登れば抜群の眺望が待ってる……一部だけなんだけどね。
勝尾城筑紫氏遺跡は、戦国時代、現在の鳥栖市域を中心に勢力を誇った筑紫氏の約90年間の城下町遺跡で、居城及び支城群から構成されています。天正14年(1586)の落城時の姿がそのまま残されており、戦国時代の城下町の姿を知る上で大変重要な遺跡です。遺跡の面積は福井県の特別史跡一乗谷朝倉氏遺跡に匹敵する規模を誇ります。
ここに行くまでの道は狭く離合は大変ですが駐車場は広すぎるくらい広く、九千部山登山の際の駐車や前泊にも利用出来そう。説明板の解説も丁寧で、掃除も行き届いておりとても好感が持てます。なお勝尾城筑紫氏遺跡に取りつくまでの道が分かりにくいが、筑紫神社を回り込むように進めばよい。
| 名前 |
勝尾城筑紫氏遺跡(筑紫氏館跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2023.11.26現在、発掘調査の関係で麓館の周りの石垣が見えやすくなってます。