亀丸城跡の歴史散策!
伊作城(亀丸城)城址の特徴
南北朝時代に築かれた荘厳な伊作城の亀丸城跡は歴史の宝庫です。
駐車場が整備されて便利ながら、アクセス道は少々荒れているのが特徴です。
多くの城趾を巡ることができ、歴史好きにはたまらないスポットです。
沢山の城趾があり駐車場はあるのはよいのですが、歩いて行く道が結構あれます!サバイバル感はありますが、島津家発祥地とは勉強に成りました!
南北朝時代に築かれた伊作城の本丸の亀丸城跡。(南九州だけかは不明ですが、〜丸のことを、〜城といいます)島津中興の祖 日新公、島津四兄弟生誕の地として、江戸時代には聖地とされていたそうです。現在は、御誕生石が置かれています。本丸跡地の当時の面影としては、50〜60センチの土塁程度ですが、周りの曲輪、土濠、空堀などをみるとかなりの規模だったことが伺えます。
| 名前 |
伊作城(亀丸城)城址 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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城跡の中にも舗装道路が続き、山之城の北側に駐車場が有ります。保存会の方が遊歩道を整備されていて廻りやすくなっています。山之城は切り立ったシラスの曲輪というよりは、いわゆる山城の感じでした。堀切、虎口があり、適当な切り岸に取り付いて鉄塔の有る頂上部に至りました。頂上からは段々の曲輪を降っていき、舗装道路に出ます。駐車場のほうに戻り、東ノ城、蔵ノ城、本丸へ向かうと、切り立ったシラスの曲輪が並んでいました。伊作島津家の本拠で、本丸(亀丸城)には義久公四兄弟の祖父の日新公(忠良公)の石碑や、四兄弟のお誕生石が並んでいました。城跡内の道路は空堀を埋めたそうで曲輪との高低差は小さくなっています。昔ながらの空堀の深さを体験しようと看板があり、本丸と御仮屋城の間に降りて断崖のシラスの切り岸を体験できます。切り立ったシラスの曲輪に、山城の標高差が加わると厄介な事この上無いと感じました。