明治の足音を感じるさかい橋。
境橋(薩摩街道 さかい橋)の特徴
明治16年に架けられた、歴史的なさかい橋があります。
鹿児島県と熊本県の県境に位置する絶好の撮影スポットです。
肥薩おれんじ鉄道から見える美しい橋の雰囲気が魅力的です。
説明板にはこう書かれている。肥薩国境の境川は小さな谷川であるが古来この川をめぐって幾多の抗争が繰り返され、藩政時代には藩の安全と秘密を守るため堅く閉ざした国境の川であるが、僅かにこの地のみが両国交流の地点であった。この橋は明治16年(1883)に架けられた石造のアーチ橋で肥後石工の卓絶した技術を今に伝えている。頼山陽もこの川を渡り薩摩に入って 次のような詩を作っている。「一潤平分南北州、乱沙深草両辺秋 曽無所属唯渓水 幾股随意流」又、高山彦九郎が寛政4年(1792)3月5日ここを越えるとき「ここ迄 も送る心や玉鉾の道を守りの人をしそ思う」と歌っている。この時代までは橋は架かっておらず飛石伝いに川を渡っていたようで、明治10年(1877) 西南戦争後に架けられている。なお、頼山陽は夕方おそくなり 野間の関所を通ることが出来ずに、神之川に引き返し一 夜を神之川の農家に泊ったと書き残している。又、この薩摩街道は島津藩の参勤交代の重要な道路でもあり、明治維新の英傑 西郷隆盛、 僧月照あるいは、幕府の巡見使等多くの人々 がここを通過している。
当時の往来を体験。境橋を熊本側から鹿児島に渡ることができました。橋までは道が細いので、3号線の県境のパーキングに停めて徒歩で行きました。境橋上から肥薩おれんじ鉄道の鉄道橋も見えました。
肥薩おれんじ鉄道を撮りに行きました鹿児島県と熊本県の県境になります行き道が劇狭いのでご注意下さい。
鹿児島県と熊本県の県境の堺川に架かる「さかい橋」明治16年に肥後の石工によって架けられました。この橋は石造のアーチ橋で肥後石工の技術を今に伝えています。この橋の長さは12.7m、幅は6.2mとのことです。停車しているおれんじ食堂から見学できます。
駐車場はありません。手前の路側にとめて歩いてアプローチ。石橋は明治になってからのもので、江戸期には川に降りて飛び石で国境を越えていたようです。時が止まったように当時の街道の風情が残っています。
橋も雰囲気ありましが、県境なのでテンション上がりましたw出水市のツルの看板は可愛くて良かった。
肥薩おれんじ鉄道からも見られます。
| 名前 |
境橋(薩摩街道 さかい橋) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
明治維新の志士たちの足音が聞こえてきそうでした。