ニニギノミコトゆかりの神社で古を感じる。
可愛神社の特徴
地域で受け継がれてきた古さを感じられる神社です。
ちょっと分かりづらい位置に存在していますが幻想的です。
魅力的な雰囲気が漂う神社で、訪れる価値があります。
ちょっと分かりづらい位置に有りますね。県道か大きく曲がる所に青色のトタン作りの倉庫のあるところを入りすぐの踏切を渡った所に有ります。ニニギノミコトの陵墓神話に出てくる可愛山を祀る神社です。車は鳥居横に1台止められます。周りが土砂崩れ?木を伐採したような感じで、社殿のみがポツンと佇んでおりました。
地域で受け継がれてきた古さを感じさせる神社である。
| 名前 |
可愛神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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この地はニニギノミコトが住んでいたと言われる場所です。また、十代の崇神天皇と十一代の垂仁天皇は勅使を送り、可愛岳山頂に参詣させていた時に泊まっていたとも遥拝場だったとも言われます。その後、霊跡を汚すことを恐れて誰も住むことがなく、荒れてしまいましたが、1662年に了悟という禅僧が荒れた地を憂いて『可愛寺』を建立しました。しかし、住寺八代目に至って寺の損傷が激しく、『成就寺』と合寺したと言われます。余談ですが、この辺りの地名の『俵野(ひょうの)』は昔は『火生野(ひうの)』と表記され、ニニギノミコトの后が出産の際に貞操を証明するために産屋に火をかけた故事からきていると言われています。また、日本書紀によればニニギノミコトには兄のニギハヤヒノミコトがいます。このニギハヤヒノミコトはニニギノミコトよりも早く、高天原から天磐船(あまのいわふね)に乗り、河内の国に降り立ち、その後大和の国を治めたそうです。地上に降りた際、天照大神がニニギノミコトに3種の神器を渡したように、ニギハヤヒノミコトもまた天照大神から天璽瑞宝十種(あまつしるしみずたからとくさ)を授かりました。そしてニニギノミコトの孫である神武天皇が最後の敵である『長髄彦(ながすねひこ)』を倒す際、このニギハヤヒノミコトが助けてくれました。