1300年前の古代山城へ、歴史を感じる散策。
鞠智城跡の特徴
ヤマト政権が築いた、300年存続の古代山城です。
八角形の復元建築があり、非常に珍しい趣があります。
大陸の影響を受けた、歴史的建築様式が魅力的です。
晴れた日に弁当を持って行きたいような場所です。とくに灰塚展望所まで足を伸ばすと360°のパノラマビューが楽しめます。不動岩も見えて最高。
敷地が広く無料で歴史を学べる公園です。(散歩向けの公園、遊具無し)ちょっと散歩に行こうかくらいの感覚で訪れたいところ。城跡だ~と目指すと、何故か人が多くいて焦ります。お菓子屋さんがどうやら有名な様子。人で溢れ返ってました。城跡としては復元されているものもあり見所はあります。かなり広く調べられ敷地として取られているので全体像を想像しやすいです。物産がある訳では無いので観光としてはちょっと物足りなさはありますが、行くところに困れば来てみても良いかも。私としてはドライブの休憩所としてとても良いと感じました。見晴らしは山が見える感じの眺望。なんにしても人が多いので、遠くからであれば一度来れば十分かなと思いました。┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈鞠智城(きくちじょう)は、7世紀後半の白村江の戦い(663年)での敗戦を受けて、大和朝廷が九州北部の防衛を強化するために築いた古代山城の一つです。当時は「唐・新羅連合軍」の侵攻に備えるため、全国各地に朝鮮式山城が築かれましたが、その中でも鞠智城は内陸部に位置する戦略拠点として、軍事だけでなく政庁・兵站の役割も担っていたと考えられています。現在は、八角形鼓楼・兵舎・倉庫などが復元されており、城の構造や当時の雰囲気を体感できます。八角形鼓楼は全国的にも珍しく、中央政権の威信を示す象徴的な建物だったとされています。広大な丘陵地に史跡が点在しており、のびのびと歩きながら城郭跡をめぐることができます。高台からは菊池平野や阿蘇方面を一望でき、当時ここがいかに重要な監視・防衛拠点だったかがよくわかります。
入城、館内、駐車場は全て無料。また職員の方も丁寧に説明してくれご城印も無料。熊本県、おもてなしがすごい。またお城も少し変わっていて興味深い。有難うございました。
歴史を学べる貴重な場所です。広々として景色も良く、散策するのも良し。隣の資料館も一緒にまわるのがおすすめ。御城印は、資料館の受付で頂けます。
大和政権が、唐や新羅からの侵攻を備えて作った城。百済からの遺品と思えるものも池から見つかり、古代のロマンを感じさせる。
鞠智城跡は山鹿市と菊池市にまたがる、標高約90m〜171mの丘の上の遠くまで見渡せる場所にあります。面積は55ヘクタールで、東京ドーム約12個分もあります。東アジア情勢が緊迫した7世後半(約1350年前)にヤマト政権が築いた山城です。西海道(九州)の統治の起点となった大宰府もしくは、その前身となった拠点を守るための支援基地と考えられています。有明海からの侵攻や西海道の南部地域(隼人(はやと)などのヤマト政権(大宰府など)の地域支配の拠点だったと考える説もあります。国の重要遺跡として、平成16年2月27日に国史跡に指定されました。
ヤマト政権が築いた古代山城で7世紀後半から10世紀中頃まで約300年存続していたらしい。「続日本紀」など、国の歴史書にもある国の重要遺跡として平成16年2月27日に国史跡に指定。発掘調査の成果に基づき、平成6年度から4棟の復元建物しています。広々とした敷地にあり、天気が良い日は眺めも素晴らしい。費用も掛からず、日曜日に伺ったにも関わらず人は少なく勿体ない公園だと感じました。灰塚展望所からは雲仙普賢岳が見えました。
八角形の復元建築が珍しくて面白い。当時はどう運用されていたのか…隣接する資料館に説明ありました。公園全体はかなり広いらしいのですがまだ鼓楼の辺りしかうろついてないので、時間ある時に歩き回りたいです。
ここに防人の方が常駐して、半島からの来襲に備えていたと思うと感慨深いものがありました。お城跡というよりは砦跡のような感じです。月曜日の訪問でしたが、併設の資料館は休館日でした。
| 名前 |
鞠智城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0968-48-3178 |
| 営業時間 |
[水木金土日火] 9:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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2025.11.30訪問人も少なく広いので軽い運動がてらに散歩しながら見て回るには最適です。