水がまんまんの三井井戸。
三井の井戸(赤染井)の特徴
聖徳太子ゆかりの三井の井戸が現存しています。
法輪寺から徒歩数分のアクセスが便利です。
並々と水が張る神秘的な井戸の景観が魅力です。
奈良の法輪寺の西側から集落の細い道を抜けていくと出くわす、古い「三井(みい)」あるいは「赤染井」と呼ばれる井戸の遺跡。三井とは聖徳太子が掘った三つの井戸の一つと伝承されるそうだが、別名の「赤染」から連想されるのは、丹すなわち水銀である。古代に赤・朱色とは、辰砂または丹砂すなわち水銀で作られる塗料・防腐剤のことで、全国に点在する丹生という地名は水銀の産地であったことを示す。神武天皇の吉野巡行について古事記では「宇陀に出ると井氷鹿(いひか)という名の尾の生えた人が、光る井戸から出てきた」というエピソードを残し、現に宇陀には大和水銀鉱山がある。光る井戸とは、水銀を含む岩からなる竪坑の壁面に自然水銀が白く吹き出している様を表したと考えられる。古代の赤色には硫化水銀と酸化第二鉄という2種があり、初期の河川敷に転がる赤い石を砕いて精錬する採取法から、やがて地中を縦か横に採掘する方法が採られるようになった。竪坑が地下水脈に達すると、地下水を汲み出す技術がなかった当時はそのまま放棄されてただの水汲み井戸となり、次の井戸を掘る。この繰り返しで、移動しながら採掘していくなかであちこちに丹生や井光(いみつ)の地名が残ることになった。聖徳太子すなわち蘇我あるいは葛城系の王朝の出の王族がこのような井戸を掘ったと言う伝承が伝えるのは、水銀という縄文から重宝された化合物の産出場を、当時の蘇我氏系の勢力が自ら開拓する必要に迫られたことを意味し、それはすなわち水銀のサプライチェーンに何らかの異常が生じたと解釈できる。百済系で神武よりも先の権力から支えていた物部氏が桜井を本拠としていたことを考えれば、両勢力間の闘争が背景にあったのではなかろうか。赤=水銀という必須資源という認識をもってすれば、古代史の背後への洞察をより深められる楽しみをこういう地味で小さな遺跡からも得られる。
今でも並々と水が張ってます。聖徳太子が掘らせた三つの井戸のうちの一つだとか。でももう使われてはないようですね。
今でも並々と水が張ってます。聖徳太子が掘らせた三つの井戸のうちの一つだとか。でももう使われてはないようですね。
2018-04-15水位が高く、中の様子が分かりませんでした。
聖徳太子は、山背大兄王ら子供達の産湯のために3つの井戸(三井)を掘らせたというが、その内の現存する1つだという。現在も十分な水量を湛えていてビックリ。井戸の下方は乱石積み、上部は磚(せん)積みで出来ているとのこと。威厳のある井戸だ。
法輪寺から徒歩数分でいけます。癒されます。
| 名前 |
三井の井戸(赤染井) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
http://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/bunkashigen/main00053.html |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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水がまんまんと湛えられている井戸。史跡の井戸、これまでいろいろ見てますが、これほどの“現役感”のあるのは初めてかも。周囲の雰囲気もあいまって、とてもいい時間を過ごせました。