静かな八嶋陵で心安らぐ。
崇道天皇 八島陵の特徴
崇道天皇が祀られている神秘的な史跡です。
誰にも遭遇しない穴場で、ゆっくり過ごせる場所です。
早良親王ゆかりの地として歴史を感じられます。
ずっとお参りに行きたかった崇道天皇の元へ行くことが叶いました。家族も連れて行けました。日本の事を少しでも知って、継承していって欲しいです。しかし、陵の手前の石のが幾つも重なる部分。交通ルールに従い陵側を車で通ろうとしましたが、これでは石を踏むことになるので引き返し、池側を通りました。やはり、あの石は踏まなくて良かったです。自動車で行かれる方は注意した方が良いです。
歴代天皇に数えられていない崇道天皇こと早良親王の八嶋陵。
崇道天皇が祀られています。亡くなられた後に天皇の称号をうけられた天皇のため、正式な天皇としては数えられていないそうです。しかし、天皇の陵ということで、管理は宮内庁ということが明記されています。怨霊伝説で有名な崇道天皇ですが、奈良市内には崇道天皇神社は何ヵ所かあって、地元の氏子さんに丁寧に祀られています。祟り神信仰は多く、例えば祇園祭なども八坂神社の御霊信仰によるものですし、全国に点在する御霊神社などもその代表です。祟り神が怒り出さなければこの地は平穏に過ごせるということで、怒り出さないようにお祭りでもして機嫌をとっているというところでしょうか(私の憶測ですが…)
とても静かで雰囲気の良い場所だと思います。3月の暖かい日に来させて頂きました。(石造りの)ベンチが有ったので奈良駅前で購入した柿の葉寿司を昼食として食べました。また訪れたいです。
なぜかベンチがあり誰にも遭遇しない穴場なのでゆっくりできます。当然バリケードの中は立ち入り禁止です。早良親王の父親の別名白い壁に覆われた門とその門の向こうに垣間見える鳥居の存在感がなんともいえません。悪霊だ祟りだなんて言われてますが微塵も感じませんでした。八島陵の前には古墳時代の石もあります。八島の由来になった石だそうです。
「山の辺の道(北)/万葉の道」巻十二の一の十四 奈良市八島町崇道天皇陵(すどうてんのうりょう)周囲にはスポットが三か所あります。① 八つ石 八つの石が陵の前の道の真ん中にあります(古墳の横穴式石室)② 崇道天皇社 石灯籠(県道側)③ 万葉歌詠標【万葉歌詠標】(守る会歌詠標No.5)八嶋国(ヤシマクニ) 妻枕きかねて春日(はるひ)の春日の國に麗し女と有りと聞きて日本書紀 96 勾大兄皇子八嶋の国で妻を娶らないでいると、春日の国に美しい女がいると聞いて、よろしい女がいると聞いて、檜の立派な板の戸を押し開いて.....。(「ハルヒ」は春日の枕詞)(「まきさく」は檜の枕詞)「春日」(かすが)という言葉の語源はこの地から出ることを表わした日本書紀の歌詠標です。これからは円照寺へのルートは二手に分かれます。竹藪・野道の中を進む「向山地蔵」経由のショートカットコース。あと一つは、円照寺のバス停経由の、いったん県道にでて東に進んでくるルート。推奨は、1)円照寺バス停で発着時刻を確認しておきたいこと2)円照寺の表参道半ば北側(ショートカットの出口です)に万葉歌碑があり、学習の機会をもてること。3)円照寺(拝観は受付されていません)を少し拝見して、ショートカットで次こそ薮を抜けて、南の天武天皇社や正暦寺へ向かうこと。です。
天皇では無く、親王らしい。この親王は死にのぞんで9つの石を投げ、石の落ちたところにみずからを葬るように遺言して、親王の投げた9つの石のうち、8個は同じところに落ち、それが「八つ石」の起源となって、それが落ちたところこそ、現在、崇道天皇陵のある、八島町らしい。この話しが、実話ではないと思うけれど事実、巨石群は「八嶋陵前古墳」と呼ばれる古墳の石室の残骸で、親王の生きた奈良時代末期よりも数百年も前の遺跡だとか。さらに、それを動かすと祟りがあると信じられているせいで道路の中央に残されたままになっているらしい。
49代光仁天皇の皇子であり、50代桓武天皇の同母弟であり、光仁天皇の勧めで還俗(東大寺)し、立太子される。皇位継承していないため歴代天皇には数えられない。
| 名前 |
崇道天皇 八島陵 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0742-23-3416 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~17:00 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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崇道天皇陵古墳です。由緒がわかっている古墳だと宮内省が管理するのですね。勉強になります。