三矢の訓の文化探訪へ!
三矢の訓の特徴
三矢の訓は文化センター内に位置し、アクセスが少し分かりにくい特徴があります。
郡山城からの帰り道に立ち寄ると、新たな発見ができるスポットです。
自然に囲まれた静かな環境で、歴史を感じる貴重な場所です。
小早川隆景は、1533(天文2)年に毛利元就の三男として生まれました。1年後の天文3年には織田信長が、4年後の天文6年には豊臣秀吉が、9年後の天文11年には徳川家康が生まれていることから、日本各地で群雄が割拠し、天下統一を目指した時代に隆景も生を受けたことになります。激動の時代を生きるため、父・元就が長男・隆元、次男・元春、三男・隆景に与えた教訓が有名な逸話「三矢の訓」でした。三兄弟に一本ずつ矢を持たせて、「一本なら簡単に折れてしまうが、三本束ねれば簡単には折ることはできない。三本の矢のように三人が力を合わせれば毛利は安泰なのだ」と一家の結束を誓わせました。これは実はのちの江戸時代に作られた話なのですが、1557(弘治3)年に元就が毛利家存続のために三子に与えた書状(教訓状)がもとになっています。書状では、毛利家を継いだ隆元を中心に、吉川家を継いだ元春、そして小早川家を継いだ隆景が両翼を担う、いわゆる「毛利両川体制」の構築を諭して、血縁を軸とした協力体制を作り上げたのです。
郡山城に登って下りてから行こうと下りの方から行ったら分かりにくい場所でした。北西側の方からが分かりやすいかもです。
文化センターの中にありましたので許可を取って入りました。ちゃんと管理されていました!
「三矢の訓」=「みつやのおしえ」と読むそう。「多文化共生センター」の中庭にあります。鹿避けと思われる門扉(ネット製)があります。その門扉を外して中庭に入ることができます。
行きにくい場所にありました。
| 名前 |
三矢の訓 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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元小学校の少年自然の家の中庭にある石碑。