宇佐の神社で感じる歴史の息吹。
矢立宮(大根川神社)の特徴
大根川バス停近く、アクセスの良い神社です。
宇佐八ヶ社の一つとして有名なお社です。
通りから見える大きな神社で訪れやすいです。
R10の左側、中津バイパスに入る手前に神社は鎮座している。神社についての由緒等は掲示してある。御祭神は応神天皇と記されている。大伴旅人が弓矢の矢を立て必勝を祈願したことから矢立宮と呼ばれるとのこと。参道は第一鳥居、第二台輪鳥居を過ぎ樹木林を進むと石灯籠群、御社となる。御社は瓦葺千鳥破風屋根の拝殿、幣殿(舞殿)、本殿の造りである。本殿には複数の御祭神が鎮座しているように思える。歴史のある想像の膨らむ神社である。
通りからも見えるわりと大きな神社、かと思いきや広さ的にはわりと普通のお社でした。駐車場はとくにない感じ。境内まで車で乗り入れられそうな感じもありました。僕は入口のガードレールに寄せて停め、国道側の大鳥居から中へ入りましたが。社の外観としてはわりと近代的。ですが由緒としては西暦720年頃、朝廷と薩摩隼人との争いに際しこの地に矢を立てて戦勝祈願をした云々とありました。でも、ここが今の形に整備されたのはわりと近代。明治、大正などその詳細はよく分からないようでした。この地が大根川というのに由来し、社女を立てて於御禰(おおね)と呼び祭事を行っていたとも。またこの地には河童の伝承もあったらしく境内にはそのための石碑もあったりします。
1973年12月17日 宇佐の文化(5号)宇佐の地名と歴史 より大根川国道十号線の大根川バス停に近い大字宇佐野(昔の宇佐郡佐野村)の地に鎮座する大根川社(宇佐八ヶ社の一つ)があることから、大字大根川や小字大根川という地名が出来たものであろう。大根川社については、「宇佐宮記」に八幡大神御霊行の昔この川辺(現在の五十石川)に於て、社女が大根(於保禰とよむ)をお供え奉ったという縁起がのべられている。神社の近くの流に河童が住んでいたという伝説があり、神事に取り入れられていた由、なお、この伝説の河童次郎エ門渕の碑が、この川の改修工事後、境内に移転されている。約1200年の伝統がある宇佐神宮の八ヶ社巡幸の行幸会の神事が、365年ぶりに昭和46年3月27日に復活された事は耳新しいことである。この神事では約500年の伝統があり、二年に一回催している河童が住んでいたという大根川の水をくみ、水のはいった手おけを持って、約300m離れた仮宮に着き、楠の大木の上に置く行事があったそうである。戦国乱世の時代に奈良氏が大根川城を築き、代々居城したという伝えも残っている。騒音の続くこの地に立って往時をしのぶ何かの参考になるであろう。
| 名前 |
矢立宮(大根川神社) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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