おこん所で感じる歴史の息吹。
おこん所の特徴
平野重定の妹が祀られた、由緒ある地蔵尊です。
1573年に建立された歴史ある寺院です。
磐田市加茂352に位置しており、訪問しやすいです。
おこん所(平野重定の妹•慰霊の為の地蔵尊)所在地 磐田市加茂352訪問日 2023/10/27「由緒」『おこん所』施主•平野三郎左衛門家1573年、大雨の夜のこと。甲州の武田方の武士•川井勘九郎通澄が百の兵を率いて、突然、徳川方の平野重定の守る「加茂の砦」を襲撃してきました。重定は、これを迎えてよく戦いました。武田方は味方の多くを失い、直澄は遂に逃走を覚悟したのですが、重定の追撃があまりにも激しく逃げ場を失い窮余の策として砦の奥に入り込み、偶然居合わせた重定の妹「おこん」を人質に抱き抱え、盾にして逃げようとしました。困惑する重定におこんは、健気にも『兄さん、構いませんから私諸とも突き刺して下さい』と励ましたのです。重定は、ついに勇気を振り絞って妹もろとも直澄を突き刺して討ち取ったそうです。大将を失った攻撃軍は、そのまま退却し砦は危うくも無事を得たのでした。村人は、この「おこん」をあわれんで小さな祠を造ってお祀りしましたが、その後、平野家では女児が育たない事から、「おこん」の霊を慰める地蔵尊を建立して慰霊したと伝わります。現在は、寺谷用水の傍らで平野家により「おこん所」として祀り供養がされています。
| 名前 |
おこん所 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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小学生の頃、劇でやりました。徳川家康の家臣・平野重政(寺谷用水を作った平野重定の子)が妹・おこんを、武田家家臣が盾にしました。おこんは「私諸共構わず突き刺してください!」と兄に迫り、兄は涙を呑んで妹ごと敵を突き刺す……戦後重政はおこんを弔い、ここにおこん所を作りました。「おこんじょは 我が身を盾に 兄守る 」#どうする家康 ブームで注目されて欲しい史跡。