祖谷の地でつながる平家の絆。
平家落人の墓の特徴
祖谷の地に眠る平国盛の伝説が息づいています。
屋島の戦い後、平家一行が隠れ住んだ手跡を感じさせる場所です。
市の指定文化財として、歴史の重みを伝える史跡です。
祖谷に伝わる伝承によると、屋島の戦いで敗れた後、平国盛(教経)の一行は、密かに幼い安徳天皇をお守りしながら、祖谷の地に入山し、山深い祖谷の地で平家再興の望みをつないでいたといわれている。しかしながら、平家再興の拠り所であった安徳天皇が祖谷入山後しばらくして崩御したため、平国盛は平家再興の夢をあきらめ、この地に土着したという。この平家落人(阿佐家)の墓には源氏の追っ手から目をくらますために墓碑が建てられていない。尚、源平合戦から800年余り、明治維新から数えても140年余り。現在、平家落人(阿佐家)の墓には墓碑が建てられるようになったようだ。
| 名前 |
平家落人の墓 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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市の指定文化財。源氏の追っ手に見付からない(墓と分からない)ように墓碑は立てていないようです。