勝沼の隠れ古墳と桜。
仏島山古墳の特徴
春に美しい桜が咲く古墳で、訪れる人を魅了します。
近所の方の親切な案内で見つけた、隠れた歴史スポットです。
古墳の Discoveryは、新たな観光の発見となります。
いつも 横目に見ながら 歩いていますここが 古墳とは 知らなかったが春に 何本か 桜が咲き 何か気になる場所です。
ほとんど海底の埋没した船を探すようなもの。これは見つからない❗「山」という言葉の響きが誤解を生む。実は、民家と田んぼに挟まれた、盛り土した庭みたいな形状なのだ。岡神社(大日山古墳)に向かう水路沿いから右手に見える。6月末に「延命寺」から数分歩いて見つけた。この時期は木々が葉を伸ばし、すっかり隠れてしまう。折悪く、ちょうど4~5人で草刈りしていて、なかなか中に入れなかった。以下は参考までに、案内看板の内容旧藤代町文化財指定史跡『仏島山古墳』昭和四十八年十一月一日指定(平成十七年三月合併時指定解除)美しい円墳で、墳丘も高かったと言われるが、過去二回に亘って古墳の土砂を採取したので、その形状は明確には判明しない。しかしなから周囲の状況等から判断して、これは径約三十メートルの円墳と推定される。また、遺物の出土状況から判断して、この墳丘は埴輪円筒をめぐらし、その上をを美しい埴輪で飾った整然たる古墳であったと想像される。本古墳の築造年代は、六世紀(今より約1,400年前)のものであることが判明した。なお、明治二十八年学校敷地造成のため、土砂を採取した際に、石都・骨片・刀剣・曲玉・鉄鏃・埴輪・埴輪円筒等出土したが、この多くは現在の国立博物館に納入された。また、昭和八年岡堰改良工事のため土砂を採取した時、埴輪四、円筒埴輪化を出土したが、それ等は国立博物館に納入してある。本古墳に仏島山の名称がつけられたのは、古墳の周囲には堀をめぐらし一大島状をなしていたが、その後、中世になって墳丘上に仏像や石塔等が建立されてから、仏島の名が出たものといわれる。昭和六十一年八月 取手市教育委員会。
元地元民です。こんな名前だったのか。実家では大日山古墳(ダイニチヤマ)と呼んでいたのを覚えています(もしかして古墳を指していたのじゃなかったのか?)。【訂正】付近の「岡神社」がある場所が大日山古墳のようです。裏の墓地の先が公民館となっており、古墳に行くならこの駐車場に停めると良いですよ。私は40代ですが親の世代はここに建っていた小学校に通ったそうです。私も夏休みに今は無き「ラジオ体操」の為に毎日通ってたっけ。久し振りに実家に顔出してみよ。
古墳というので台地状の地形をイメージしてたので発見出来ず、近所の方に聞いて分かりました。住宅の裏庭っぽい感じです。案内板によると、昔、学校建設等で土砂が削り取られた様子。でも近所の方がお花を添えて管理してくれてるようでした。
地元の人たちによって復元されたとのこと。それ故か、車で行っても辿り着けず、路駐または近所の墓地などの少し広くなった所に車を置いて、更に水路伝いに田圃道のようなところを歩いていくしかない。
| 名前 |
仏島山古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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勝沼に来たら必ずお昼はこちらで食べます。駐車場があまり台数が停められません。PayPay支払い出来ます。