我孫子の白樺派文学館。
白樺文学館の特徴
我孫子にゆかりのある志賀直哉関連の展示が充実しています。
小さな文学館ですが、白樺派の資料が多く見応えがあります。
大正時代の文人や芸術家のコミュニティに触れられる貴重な場所です。
志賀直哉、武者小路実篤、有島武郎など白樺派の人達の資料館です♪
手賀沼周辺で暮らした志賀直哉など、白樺派の文豪たちに関する展示が豊富です。
読まなければいけない雰囲気の時代、今では全く覚えていない内容、でも僅かに懐かしいかな。
2025/05つい数日前、県立美術館で柳宗悦を中心とした民芸運動関連の企画展を観たので、訪問してみました。ゴールデンウィーク中の雨の日。2時頃に伺いました。車でしたが、館前に4台分くらい駐車スペースがあり、上手いこと停められました。外観は少しくたびれた感じに見えますw入口を入るとすぐ受付があって、受付のかたがチケットや順路について解りやすく説明をしてくれます。今回は3館観れる500円のチケットを購入。このチケット、白樺文学館、楚人冠記念館、鳥の博物館が観れて、1日で回れなかったとしても未入館の施設については有効期限が1ヶ月あるので、遠くにお住まいでなければ使い勝手が良くてお得です。で、見学スタート。写真は著作権等あるので考慮してお願いしますということでした。無論、大切な所蔵品なのでフラッシュはなしで。館内は外観と違って、規模は小さいですが吹き抜けがあったり、採光の良い回り階段があったりと綺麗で上品な感じです。1室目は柳の妻、兼子愛用のピアノ、ロダンの彫刻、小さいですが柳邸と志賀邸の模型があって、頭の中がまだ数日前の柳、バーナード・リーチ、河井、濱田…のままなのでとてもウキウキできました。2階の2室3室目は嘉納治五郎の力強い書の軸やリーチの作品、白樺派周辺や地域の人々の書簡や手紙などがあり(啄木のもあったような気がします?!)、下りの階段にかけて当時の暮らしぶりや旺盛な創作活動の日々を垣間見れる展示になっていて楽しく見学できました。時間が無かったので1階の備え付け図書の閲覧はまたの機会で…見学し終えると、楚人冠記念館に駐車場がないので、見学に行くのであれば、ここに車をおいて見学してきてくださいと、親切に声をかけて下さり非常に助かりました。終始丁寧な対応で気持ち良く見学できました。志賀邸跡や楚人冠記念館、三樹荘等々をトータルで白樺派関連青空博物館と考えると500円は超お値打ちだと思いましたw
館内写真撮影禁止です。駐車場は建物前に3台くらい。道も狭いので、手賀沼のアビスタに停めて歩いてくるとそのまま散策コースにスムーズに出かけられます。私が行った時は、柳兼子さんのピアノの演奏タイムだったので、曲を楽しみながら館内を歩きました。ピアノホールにある白樺派の集合写真をとても興味深く拝見しました。若い頃の写真ではありますが、自分のイメージ通りだったり、違っていたり。今回は絵画の展示だったので、今度は文学のイベント時期にまた訪れたいと思います。2025年3月末まで鳥の博物館が休館中なので、3館共通券を購入する方はご注意ください。でも2館見るだけで元が取れるので、後日また訪れても、記念に購入しても良いかもしれません。
文学好きは、我孫子と志賀直哉の関係がわかって面白いかもしれません。6月からLEDの付け替え工事でしばらくお休みらしいです。
こじんまりした施設ですが内容は充実していると思います、
山下清や式場隆三郎関連など、予想外の展示もあり、楽しめました。展示規模もこじんまりしていてちょうどよく、飽きずにぜんぶ見られました。300円では、申し訳ないです。
先日行ってきました。2回目になりますがとても楽しく拝見しました。落ち着いている場所なのでじっくり見られてとても良いですね。展示も楽しく、新しく知った人物の絵画を好きになり絵葉書を買いました。知ることができて良かったです。お手洗いも綺麗で良いです。車でも行きやすいのでまた来年行きたいと思います。スタッフの方もとても親切でした。
| 名前 |
白樺文学館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
04-7185-2192 |
| 営業時間 |
[日火水木金土] 9:00~16:30 |
| HP |
https://www.city.abiko.chiba.jp/event/shiseki_bunkazai/shirakaba/index.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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白樺文学館は、我孫子駅の南東1.1kmほどの千葉県我孫子市緑にあります。大正時代に一世を風靡した文芸・美術の思潮である「白樺派」の足跡を伝える施設です。千葉県我孫子市の手賀沼のほとりに位置し、かつてこの地に拠点を置いた文豪たちの歴史や功績を今に伝えています。明治時代末期から大正時代にかけて、千葉県我孫子町(現 我孫子市)は「北の鎌倉」と称されるほどの文化的コロニーを形成していました。契機となったのは、1914年(大正3年)に思想家・柳宗悦が伯父の嘉納治五郎の勧めで我孫子へ移住したことです。柳の移住を追うように、翌1915年には文豪・志賀直哉が、さらに1916年には武者小路実篤がこの地へ拠点を移しました。また、英国人陶芸家のバーナード・リーチが柳の邸宅内に窯を開くなど、我孫子は雑誌『白樺』を中心とする若い芸術家たちの熱い交流の舞台(聖地)となりました。彼らが我孫子で過ごした期間は、志賀直哉の代表作『和解』や、柳宗悦による「民藝運動」の萌芽が生まれた非常に充実した時代でした。その後、大正12年(1923年)に関東大震災が発生すると、文人たちは各地へと離散し我孫子での黄金期は終焉を迎えますが、その記憶は地域の貴重な歴史的遺産として残されました。平成13年(2001年)IT企業「日本オラクル」の元社長・佐野力氏が私財を投じ、志賀直哉邸跡の向かいに文芸博物館として設立しました。初代館長には基本構想に尽力した武田康弘氏が就任しました。当初は志賀直哉の功績を称えて「志賀直哉文学館」とする計画でした。しかし、遺族から「名前を冠した記念館等は作らないでほしい」という志賀の遺言が伝えられたため、ゆかりの深い文人全体を包括する「白樺文学館」という名称に決定されました。私立時代には単なる資料展示にとどまらず、著名な作家や研究者を招いた月例講演会を多数開催し、市民が主体的に学ぶ「市民大学」のような役割も果たしていました。開館から数年間は民営として運営されていましたが、コレクションの安定的保存と地域文化の振興を目的に大きな転換期を迎えます。平成21年(2009年)佐野氏から施設と所蔵資料の寄贈を受け、「我孫子市白樺文学館」として公営化されました。これにより、白樺派にまつわる歴史資料の収集・整理の枠組みが明確化されました。館内には、志賀直哉の草稿や書簡、柳宗悦の書、バーナード・リーチの陶芸作品など、数千点にのぼる貴重な資料が所蔵・展示されています。1階の中展示室には柳宗悦の妻で声楽家だった柳兼子が愛用したピアノが置かれ、大正期のサロンのような雰囲気を今に伝える空間となっています。白樺文学館は、大正デモクラシーの自由な気風を背景に育まれた人間主義・人道主義の精神を、手賀沼の豊かな自然とともに静かに伝え続けています。