白鳥伝説が息づく天湯川田神社。
天湯川田神社の特徴
柏原市高井田の小山に鎮座している天湯川田神社です。
白鳥を祀る神社で、不思議と心が落ち着く場所です。
厳かな空間が広がる長い急な階段を登って行きます。
天湯川田神社(あまゆかわたじんじゃ)。大阪府柏原市高井田。式内社(小)、旧村社。主祭神:天湯河棚命 天児屋根命 大日霊貴命【関係氏族】鳥取氏:河内国神別「鳥取」(同神(角凝魂命)三世孫、天湯河桁命の後)。資料によると、大和川東岸の小さな独立丘の上に鎮座する。JR大和路線と近鉄大阪線の線路に挟まれている。景行18年、勅命にてこの地に宮柱を建て神地、神戸を定めた。天平勝宝8年(756)、孝謙天皇が河内国知識寺(柏原市太平寺にあり)の南行宮に来られた時、天皇は知識・山下・大里・三宅・家原・鳥坂の六カ寺を巡拝された。このなかの鳥坂寺は天湯川田神社のある丘陵の上に遺構がみつかつている。現在の社殿はその塔跡の部分に立つている。鳥坂寺は鳥取氏の氏寺あり、当時は氏寺である鳥坂寺と近接して、氏神の天湯川田神社もあつて、ともに鳥取氏からあつく崇拝されていたことと思われる。同じく高井田に鎮座する「宿奈川田神社」と対になる神社です(鳥取氏の祖神を祀つた神社)。また和泉国日根郡には「鳥取郷」が記載されており、こちらは和泉国における鳥取氏の拠点と見られ、阪南市石田には鳥取氏が祖神を祀ったという「波多神社」が鎮座しています。このように鳥取氏は河内国大県郡と和泉国日根郡を本拠としていた氏族だったことが窺えます。当社は、和泉国鳥取郷から移ってきた鳥取氏が、鍛冶・製鉄作業の守護神としての天湯河棚命を祀ったものと思われる。とあります。
物言はぬ皇子の伝説のある神社です。普段はあまり人がいませんよ。
大和川沿いのサイクリング道路をランニング中に立ち寄りました。階段を登ると白鳥が出迎え参拝しました。
鳥取県民の方は、是非お参りしていただきたい!
柏原市高井田の小山の山頂に鎮守してます。天湯川田神社。綺麗に整備されてまして、とても気持ちの良いところでした。
天湯川田神社あまゆかわたじんじゃ大阪府柏原市大字高井田89祭神天湯河桁命天児屋根命大日霊貴命天湯河桁命は垂仁天皇の息子の誉津別(ほむつわけ)が大きくなっても喋れずただ白鳥を見て少し喋るので白鳥を求めて出雲国まで出かけ献上し喋れるようになり鳥取部、鳥飼部に任命されますその天湯河桁命を祭祀した神社ですなお出雲族の間では白鳥が災いを払うとの観念があったみたいです2020/7/16 参詣。
「竜田の道/万葉の道」巻四の一の十二 柏原市高井田天湯川田神社(あまゆかわたじんじゃ)秋祭り;10月12日、13日(気象状況で変更あり*台風19号など)垂仁天皇の皇子の白鳥伝説をもつ延喜式内社です。また奈良時代には聖武天皇や元正天皇が行幸の際に立ち寄り参拝された社でもあります。ゆるりと長い石段を登りつめると視界には拝殿と神徒白鳥のオブジェが入ってきます。こちらには「鳥坂寺跡」といい、当時としては広大な、四天王寺と同様式の伽藍配置の仏閣がこちらにはあったようです。現在では神社のみとなっていますが、当時のこの広大な地に大伽藍が聳え立つ姿は川田神社と相まって壮大な光景だったのでしょう。「竜田の道」の最後は『二宮神社』です。いったん降りて、再び高低差のある山手まで進むことになります。境内にはたくさんベンチがあります。少し水分休憩の後に出発しましょう。
長い長い階段を登ると神社があります。境内には河内六寺のひとつ鳥坂寺の塔跡があったらしい。河内六寺は7世紀後半に創建された寺院で、『続日本紀』に、「756年、孝謙天皇が知識、山下、大里、三宅、家原、鳥坂の六寺を参拝した」との記録が残っている。
天湯川田神社の総代、氏子中をやらせて頂き今も神社にかかわらせています神社は白鳥の姿像祀ってます白鳥を持ってお百度を踏めます御利益有りがたいです又高井田駅周辺の白坂神社も女の神様で何かに付け悩み事等良く聞いて下さいます。
| 名前 |
天湯川田神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
072-978-6428 |
| HP |
https://osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai6shibu/kashiwara-city/06031amayukawatajinja.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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階段 を登ると絶景が見えてきました最高でした!