諏訪原城の深い外堀、歴史を感じる。
諏訪原城外堀の特徴
残された深い空堀が印象的で、歴史を感じられます。
各所に設置された説明板が分かりやすくて助かります。
写真では表現しきれない、深い魅力がある史跡です。
とても深いのですが、写真だとなかなか伝わらない。
二の曲輪外堀は大変深く掘られています。
諏訪原城。堀が深くて大人でも落ちたら簡単には上がれないと思われます。それが至る所にあり、びっくり。もしも可能なら堀の底を歩いてみたい。どんな景色?でもそこはかつて無数の屍があったのかもしれませんよね。
各所に説明板があって良い。
深い空堀が残っています。下りたら、戻れなくなる。
大手南外堀と北外堀は浅くなっていますが、二の曲輪前の外堀は大きくて深い状態で残っています。
| 名前 |
諏訪原城外堀 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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諏訪原城の外堀は、城の正面となる牧ノ原台地側を守る大規模な防御施設で、城の防御思想を理解するうえで欠かせない遺構です。背後は大井川の急崖という天然の要害に守られていた一方、敵が攻め寄せる可能性の高い台地側には、外堀・土塁・丸馬出・三日月堀を幾重にも配置し、強固な防御線が築かれていました。武田勝頼が築いた城を徳川家康がさらに改修したことで、戦国時代屈指の防御力を誇る縄張りへと発展したと考えられています。近年の発掘調査では、外堀の構造が従来の想定以上に高度であることが明らかになりました。場所によっては断面がV字形の薬研堀、あるいは逆台形の箱堀が使い分けられ、掘削時の足場とみられるテラス状遺構や、掘り上げた土を利用して築いた土塁の跡も確認されています。これらの成果は、諏訪原城が計画的かつ高度な土木技術によって築かれた城であることを裏付けています。さらに発掘調査は、現在見られる巨大な外堀や丸馬出の多くが武田時代そのままではなく、徳川家康による大規模な改修を受けて完成した可能性 を示しています。かつて「武田流築城術の代表例」と考えられていた諏訪原城は、最新の研究によって、武田氏と徳川氏の両者が築き上げた城として再評価が進められています。現在も外堀は良好な状態で残り、その深さや規模を間近に見ることができます。静かな茶畑の風景の中に横たわる巨大な堀を眺めると、ここがかつて武田氏と徳川氏が遠江・駿河の覇権を懸けて競い合った最前線だったことを実感できます。戦国時代の築城技術と最新の発掘成果を同時に体感できる、諏訪原城を代表する見どころの一つです。