気が湧き出る!
宅宮[えのみや]神社の特徴
大苫辺尊、大歳神、稚武彦命を御祭神とする神社です。
鳥居と隣の神社、目を引く大きな木の切り株があります。
戦国時代の社殿焼失後、神林地に再建されたパワースポットです。
2026.4.12徳島市上八万町上中筋に鎮座する神社。式内社。旧郷社。『えのみや』と読みます。園瀬川右岸の平地、県道208号線沿いの南側に佇む。境内は良く整備されている。正面鳥居から、隋神門、拝殿、本殿と、真っ直ぐに延びる参道は絵になる。境内の杜も程良い。由緒書きなどの説明書きが充実しているのも有難い。それによると、当神社は、日本唯一の家屋の守護神とある。確かに初耳だ。また、境内には、『力の泉』と記載の御神水が湧く。水量はチョロチョロ流れる程度であるが、ペットボトルに汲む分には十分。癖のない美味しい水でした。ご馳走様でした。他にも清めの岩など見どころが多い。境内社も手厚く管理していて綺麗。駐車場は2ヶ所有ります。トイレ無し。
たまたま宮司さんとお会いできていろいろ見せていただけました。ありがとうございました。エネルギーの良い素晴らしい神社です。是非お参りください。宅宮神社略記御祭神 大苫邊尊(おほとまべのみこと)大年大神(おほとしのおほかみ)雅武彦命(わかたけひこのみこと)由緒一、 千数百年以前より意富門麻比売神社と奉称された式内社にして現在地の南方約二丁余(上八万小学校西南)山間の堂と稱されし平坦地に鎮座す一、 天正年間長曽我部元親阿波国攻入の際兵火により社殿焼失す 兵乱鎮まりて後神林地の現在地に社殿を建立しその時より宅宮大明神として奉斎された日本唯一の家宅の守護神なり延喜式内社の意富門麻比売神社である。中世に至り現在地の神林地に奉斎し、社名を宅宮神社と改称して家宅の祖神とした。大苫辺尊は家宅の神とされているが、『古事記』では伊耶那岐・伊耶那美の神より先に誕生している。神代七代の神の一である。旧地は、現在地の南500mの上八万小学校の西南の山腹に鎮座していたという、現在は農地になっている。「意富(オホ)」は「大(オオ)」を、「門麻(トマ)」は「泊(トマリ)」、つまり港を意味するという。そのため、現在の上八万町にあたる「八萬津」を祀る神であり、昔は「大きな港」があったことを示すともされる。また「出雲踊」の歌詞に「伊豆毛の国の伯母御の宗女、御年十三ならせます、こくちは壱字とおたしなむ」とあり、これは邪馬台国の女王卑弥呼の宗女「壱与」を示すという説もある。由緒当社は、もと意富門麻比売(おおとまひめ)神社として奉称された。国司崇敬の延喜式内神社にして、藩政時代にも蜂須賀公の崇敬篤く、阿波、淡路両国への配札御免宿船渡の御三判を御下付給わり、両国一円に御神符を配札していた。戦国時代に兵火に災い、社殿を消失したが、兵乱鎮まりて後、神林地に再建し、祭神大苫邊尊が家宅の祖神であることから宅宮神社と改称された。主祭神は天神五代の大苫邊尊であり全国で一座のみ当社に御鎮座され、家屋の守護神として古くより家相、方位、新築、増改築、土地造成、鬼門ぎり等の諸祈願やお祓は広く県内外に知られる。寛保元年3月、吉田殿の命により稚武彦命を勧請した。尚、当神社には神代文字による祓詞を彫造した古版木のほか第十四代藩主蜂須賀茂韶公の揮毫による御神名額を今に保存する由緒の古社である。全国神社祭祀祭礼総合調査 神社本庁 平成7年十二社詣りの由来記御七社宅宮神社 徳島市上八万町国中神社 〃 一宮町一宮神社 〃 一宮町天石門別八倉比売神社 〃 国府町矢野白鳥神社 名西郡石井町白鳥大御和神社 徳島市国府町府中八幡神社 〃 国府町井戸市中五社諏訪神社 徳島市南佐古町春日神社 〃 眉山町大滝山四所神社 〃 福島町八幡神社 〃 伊賀町金刀比羅神社 〃 勢見町十二社は名方郡(旧徳島市、名東、名西郡)の崇敬特に篤き著名の大社にして十二社は天神七代地神五代の数に當り天の七生地の五行年に12月日に十二時又十二支皆おのづからそなはれる数にして萬事成就の形にて此の数によって定め奉つ道程270丁余と古昔此の社に月々参詣すれば諸願成就なると伝えられ諸人盛んに参詣し社頭は殷賑を極めた 瑞勝謹書 奉納 昭和56年辛酉10月吉日徳島市八万町千鳥 長谷部一美社頭掲示板宅宮神社の神踊り徳島県指定「無形民俗文化財」徳島市指定「重要習俗技芸」宅宮神社は徳島駅から南酉へ7㎞、園瀬川の清流に広がる田園地帯上八万町の中ほどに鎮座し、古くは「意富門麻比売(おおとまひめ)神社」と称せられて、千年以上も前の延喜式神名帳等には阿波十二社の第一とその名をとどめる由緒ある神社です。また、日本唯一の「家を守る神様」として崇敬が厚く、徳島県内のみならず、日本各地から建築の成就、家内安全、家運繁栄等の諸祈願に多くの人が訪れます。なかでも、家相、方位をよくすることで広く知られています。徳島県の「無形民俗文化財」徳島市の「重要習俗技芸」に指定されている「宅宮神社の神踊り」は、古く平安時代の末頃から始まったと伝えられ、五穀豊穣・悪病退散を祈願して、毎年旧暦7月16日に13地区の氏子(馬組と称す)が輪番で古式豊かに奉納されてきました。現在は12馬組で奉納日は8月15日に改められています。この踊りは、境内の中央に神籠(ひもろぎ)または桜花八方乱等を立て、その下に数人の子どもが向かい合って太鼓を打ち踊り子はその外側に円陣を作ります。そろいの浴衣を着て、美しい手製の笠をかぶり白足袋、草履履きの出で立ちで、手に日の丸の扇を持ち、太鼓と踊り歌に合わせて優雅に踊ります。踊り歌は「御神踊」「桜踊り」「出雲踊」「つばくろ踊り」など12種類があり、いずれも素朴で古の心が忍ばれます。この踊りは、これまで一度も中断されることがなく、昔のままの姿が今に伝えられているところに特色があり、古式豊かで平和と純朴さがにじみ出ている踊りです。御神踊り1 神風や玉吹きおろす神風や悪魔を払う伊勢の神風2 御幣とる手の間の内の神風や悪魔を払う伊勢の神風3 榊葉に木綿紙垂付けて打払えば身には穢の霧雲もなし神社パンフレット。
一応は延喜式・意富門麻比売神社の論社であるが諸説あり徳島藩の藩撰地誌「阿波志」では式内社は「今廢」として当社を論社に指定していない。この宅宮神社には神踊りが伝わり、その中の一つである「出雲踊り」の歌詞が「伊豆毛の国の伯母御の宗女 御年十三ならせます こくちは壱字とおたしなむ」であり、魏志倭人伝と関係するとの話が広がっていたがこれは捏造である。正しい歌詞は以下である。「出雲の國の舊母御の總領 ことし十三ならせます こぐちを一字とおたしなむ。」(阿波伝説集・横山春陽 著)これは「偏諱」をお願いする歌のようです。また、さらに当神社には神代文字が伝わるという典型的な疑似史的な主張をする神社。徳島県では邪馬台国阿波説に関する捏造が広がっているがこのような行為は徳島の名を貶めるものであるのでやめるべきだ。
宅宮神社(えのみやじんじゃ)。徳島市上八万町上中筋。式内社(小)意富門麻比売神社(オフトマ-)、旧郷社。【祭神】大苫辺尊(おおとまべのみこと) (配祀)大年大神 稚武彦命「大苫辺尊」は、日本神話に登場する神世七代(かみのよななよ)の第五代の女神で、意富斗能地神(おおとのじのみこと)と対をなす存在です。『古事記』では「大斗乃弁神(おおとのべのかみ)」、『日本書紀』では「大戸之部尊(おおとのべのみこと)」など様々な表記があり、大地が固まった時を神格化した「家宅の神」とも解釈され、最初の男女の対の神として国生みの神話の基礎を築いたとされます。資料によると、創祀年代は不詳。平安時代前期の貞観16年(874年)、従五位下に叙せられた。もとは式内社名を称した。御祭神は大苫邊尊。『古事記』にある神世七代の五代目の兄妹神の妹神、女神であり、そのために、「比売神社」か。ちなみに、伊弉諾尊・伊弉册尊は七代目なので、それよりも古い神ということになる。式内社の中で、大苫邊尊を祀るのは当社が唯一。また、兄神である大戸之道尊とともに祀られない、珍しいパターンともいえる。「意富(オホ)」は「大(オオ)」を、「門麻(トマ)」は「泊(トマリ)」、つまり港を意味するという。そのため、現在の上八万町にあたる「八萬津」を祀る神であり、昔は「大きな港」があったことを示すともされる。もとは現在地の南500mほど、上八万小学校の西南の山腹に鎮座していたという。現在、古社地は農地になっているという。天正年間(1573年-1593年)、長宗我部元親による阿波国侵攻の際、兵火により社殿が焼失した。その後、神林地としての現在地に社殿が再建された。その時より宅宮大明神として奉斎されたという。現在までに、日本唯一の家宅の守護神である。他に、大年大神・稚武彦命(雅武彦命)も祀る。大年大神は不明だが、稚武彦命は江戸時代中期の寛保元年(1741年)の勧請だという。江戸時代には、藩主の蜂須賀家の崇敬が篤く、阿波、淡路両国への配札御免宿船渡の御三判を下賜され、両国一円に御神符を配札していたという。他に、14代藩主蜂須賀茂韶の揮毫による神名額が社宝として現存している。また、神代文字の版木が残されている。神代文字の他、阿波文字と呼ばれる場合もある。社殿は東向きに鎮座しており、境内社に、朝宮神社(大日孁命・月読命)・十二社神社(天神七代・地神五代)・厳島神社(市寸嶋比売命)がある。とあります。
月に1度お礼参りに行ってます。ここの神様には、いろんな事を聞いてもらうと心が軽くなる感じがします。感謝の気持ちで御参りします。
一宮線のバスにて上八万小学校前で下りてすぐです。広くてゆったりとした神社です。社務所不在時は近くの宮司さん宅を訪問で御朱印を頂けます。他サイトで書き置きとクチコミを見ましたが、平日の午前だったからか直書きで頂けました😉御朱印を頂いた後は神社について色々お話をして頂けました。男性の宮司さんも親切でしたので、徳島の神社巡りをされる方は是非ともオススメします。
近くを通りかかったので参拝させてもらいました(^_^)広い境内はきれいにされており、参拝中はとても落ち着いた気持ちのいい時間を過ごせました♪近くには小学校があり、車がよく通る道の近くでもあるので、地元の安全を祈願したいものですm(_ _)m
幹線道路から少し南手にいちします 鳥居とお社があります 隣に別の神社があります 大きな木の切り株があり目を引きます A little south of the main road, there is a torii gate and a shrine, and there is another shrine next to it, and there is a large tree stump that catches your eye.
私が生まれる前に亡くなられた祖父がこの神社の鳥居の製作者です。名前が鳥居にはっきり刻まれています。この世で逢う事がなかった身内との対話を帰省の度にさせて頂いております。🙇
| 名前 |
宅宮[えのみや]神社 |
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| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
088-668-0167 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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こちらの神社は出雲大社よりも昔からあるらしい日本最古の神代文字が残っているそうです。