名前 |
廣福寺[曹洞宗] |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
4.7 |
南北朝期に活躍した菊池武澄公は、所領である玉名の「石貫の寺」に僧・大智を招こうと働きかけます。
大智が聖護寺を出て「石貫の寺」に移るのは、武澄公没後になりました。
「石貫の寺」と書きましたが、元々ここには「太平寺」というお寺があったようです。
その境内に武澄公の妻・了悟によって広福寺は建てられ、大智が移ります。
やがて太平寺も広福寺の一部となったようです(その辺りの過程は阿蘇品氏の文献が詳しいです)。
寺には、大智の像や、菊池氏歴代当主の位牌があります。