(18/03/15)「文殊菩薩」御朱印をいただきま...
東福寺の塔頭の1つです。
山門をくぐると目の前に。
お地蔵さんが並んで迎えてくれます。
休館日の率高いです。
初めて東福寺を訪れた際は、門が閉ざされ入れませんでした、二度目は二年後の紅葉のシーズンに訪れ、東福寺への参道は多くの観光客でごった返す中、霊雲院を目指す人は少なく、ゆっくりと拝観が出来ました。
霊雲院は室町時代の1390年に、東福寺・第八十世の住持であった岐陽方秀(きようほうしゅう)によって創建されました。
彼は「不二道人(ふにどうにん)」とも呼ばれていたので、創建当初は「不仁庵(ふにんあん)」と呼ばれていました。
その後、室町時代の1473年に、「尊くただよう不思議な雲」という意味の霊雲院(れいうんいん)に改められました。
明治維新の際には西郷隆盛が密談を行った場所であったり、日露戦争ではロシア人捕虜収容所としても使われた時期もありました。
目立たないながらも霊雲院は歴史的に重要な位置付けにある寺院です。
こちらに拝観される方々がお目当てにしているのが枯山水庭園「九山八海の庭(くせんはっかいのにわ)」と、その中央に置かれている「遺愛石(いあいせき)」という霊雲院の寺宝ではないでしょうか。
一般的に寺宝と言われるものは、由緒ある仏像や歴史的に重要な遺物だったりしますが、なぜ石なのか?それは寛永年間(1624-44)に第七世住持となった湘雪守元(しょうせつしゅげん)が肥後国(ひごのくに)出身で、帰依した熊本藩主細川忠利・光尚父子から御祝儀を申し出を受けましたが、それを固辞し代わりに庭に置ける簡素な石を寺宝にしましょう、となり「遺愛石」と銘づけた須弥台と石船が贈られることになった、という顛末です。
古今、名石の誉れが高い「遺愛石」と枯山水の庭は、戦後、昭和を代表する作庭家であり多くの庭園を研究した重森三玲氏の手で復元され、遺愛石を中心に据えた九山八海の庭と、革新的な意匠の臥雲の庭の二つがあり、桃山様式という二階建て茶室観月亭からも庭が観賞できるようです。
東福寺の塔頭です。
庭造りの名人とされる重森三玲の「臥雲の庭」がありました。
庭をながめて瞑想にふけるひと時がいいですね。
(18/03/15)「文殊菩薩」御朱印をいただきました。
以前はこのお寺が京都十三佛霊場第3番札所「文殊菩薩」でした。
臨済宗東福寺派の寺院。
東福寺の塔頭です。
庭園:九山八海の庭、臥雲の庭(重森三玲(昭和を代表する造園家)が復元しました、枯山水庭園)幕末にはこの寺でも西郷隆盛と勤王の僧月照が維新へ向けて密議を交わしていたといわれています。
日露戦争当時はロシア兵の捕虜収容所となっていました。
拝観料500円。
2016年11月に拝観しました。
遺愛石を中心にする九山八海の庭と書院西側の臥雲の庭があります。
肥後細川家ゆかりの奇岩?を主に据えた重森三玲先生のお庭が見事です。
今回私は運良く拝観できましたが、開いていたり、なかったりなようなので、事前に確認をした方が良さそうです。
小さいお庭にユニークな狸の置物があって、これもいいですよ。
枯山水庭園が魅力。
紅葉シーズン、付近の東福寺は大混雑ですが、こちらは空いていました。
紅葉時の東福寺の人の多さに辟易。
偶然入った霊雲院に素晴らしいお庭が!東福寺に至近なのに嘘のような静けさ。
重森三玲のお庭を静かに眺められる。
近辺には東福寺方丈庭、龍吟庵、光明院波心庭など重森三玲のお庭が多いので回ってみても面白い。
お庭も雰囲気も最高です…が、二度目の訪問時には休みでした…ネットで事前に調べても分からなかったので、お休みも覚悟して行った方が良いかもです。
でも本当に素晴らしいのでまた行こうと思います。
名前 |
霊雲院 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
075-561-4080 |
住所 |
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関連サイト | |
評価 |
3.7 |
お地蔵さんの庭のある寺院です。
とても楽しい庭ですね🥰落ち着きのある庭でした😃