紅葉の時は真っ赤なトンネルになります。
初めてここの紅葉を見ましたが、とても綺麗でした。
天気も幸い良くて良かったです😆
茅葺きの屋根という観光ポイント確かに「いいね」と感じましたたくさんの植物がまたお寺に華やかな色合いを茅葺きの屋根は見応えありました広くない境内の中で一際目立ちます途中夢を叶える鐘がありました叩いてもいいようですがなかなか思い切りはできませんでし。
お庭の樹木、石などから歴史を感じる事が出来ます。
お庭の作りが季節ごとに楽しめるようになっていました。
駐車場は、10台ぐらい。
200円払って資料館に入る価値あり。
よくみる大内義隆や毛利元就の肖像画が展示してありとても感動した。
紅葉のトンネルが綺麗なお寺。
檜皮葺(ひわだぶき)の本堂の屋根も綺麗です。
檜皮葺(ひわだぶき)とは、屋根葺手法の一つで、檜(ひのき)の樹皮を用いてつくった屋根。
大内氏の政治を200年行った館跡に建てられた大内義隆氏の菩提寺です。
紅葉は今年はもう終わりそうです。
2020年11月19日、バスツアーで訪れました。
参道の紅葉や境内の銀杏が綺麗でした!
11月23日(土)紅葉したもみじのトンネルが幻想的で綺麗でした。
この日は快晴だったので、お寺のイチョウが光を浴びて、黄色くキラキラ光ってました✨そろそろイチョウの見頃は終わってしまいそうですが、落ちた葉の黄色い絨毯もきっと綺麗だろうな…
参道の紅葉のトンネルは見応えありです。
もう少し早く行けば色付きも最高だったかも知れませんが、散り始めていました(これはこれで地面に落ちた葉の色も加わっていいのですが。
)。
お寺の本殿も檜の皮を葺いた屋根で特徴的。
庭もいいですよ。
お庭が素敵なお寺でした。
参道に紅葉が青々としてましたので秋にはまた見ごたえありそうです。
11月23日紅葉狩りに行きました。
見応え十分!😀
御朱印の為に足を運びました。
御朱印をお願いすると、今忙しいので対応できないと言われました。
今まで御朱印を頂くため、お寺や神社に足を運びましたが初めてお断りされました。
まあ、行くタイミングが悪かったのでしょうが、御朱印するのにそんなに時間がかかるわけでもないので可能であれば対応して頂きたかったです。
もし行かれる場合は、事前に確認をされた方がいいかもしれません。
満月蝋梅、かやぶき屋根の本堂を背景に黄色い花が映えてます。
静かで落ち着いた雰囲気。
観光地なのだろうが、ごく普通の寺と言った感じで渋い。
内陣は全部秘仏、管理する気ないからだ。
大内氏遺跡と言うことでぶらり訪問。
室町期当初の状態に復元されているとのことで趣があります。
紅葉の時は真っ赤なトンネルになります。
大内氏館は、大内氏24代弘世が、正平15年(1360)頃それまでに館があった大内御堀から山口に移り、館を定めたとされる。
大内氏は、弘世以後歴代がここで政務をとり、その領国は中国・九州地方まで及んだため、山口は西日本の政治の中心地となった。
また、大内氏は海外との交易によって富の蓄積と異国文化の移入、京の戦乱を避けて公卿・僧侶などの文化人がこの館を訪れたことによって、当時の山口は京都をしのぐほどの富みと文化を誇ったといわれている。
天文20年(1551)大内氏31代義隆は重臣・陶晴賢の叛乱により滅亡した。
その後、陶氏を滅ぼした毛利氏は、弘治3年(1557)、大内義隆の菩提を弔うため、この館跡に龍福寺を建立したという。
秋になると紅葉がとても綺麗です。
2015年には、皇太子殿下も訪れました。
名前 |
龍福寺 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
083-922-1009 |
住所 |
|
関連サイト | |
評価 |
4.1 |
龍福寺は、大内氏31代当主義隆公の菩提寺です。
陶晴賢の乱および毛利氏の台頭により大内氏が滅んだのち、弘治3年(1557年)大内氏居館跡に毛利隆元が義隆公の菩提を弔うために建立しました。
現在の本堂は、明治17年(1884年)に大内氷上の興隆寺釈迦堂を移築したものです。
平成17〜23年(2005〜11年)にかけて保存修理工事が行われ、檜皮葺の屋根にするなど室町時代当時の姿にもどされました。
境内に、大内義隆公主従の供養塔や宝現霊社(大内氏歴代当主の神霊をまつる社)があります。
参道には、サビエル布教の井戸(再現)や山県有朋の筆跡による「さきがけの松」の石碑があります。
また、墓地には「天花火薬庫爆発遭難者の墓」があります。