宮司さんが色々お話してくださいましたご自分で撮影された写真を使ったパンフレットも頂けます。
こんな所に古墳が!!って感じの場所。
よくある古墳と神社(生野神社)が一体化した場所です。
案内板はありますが、古墳直前の柵の所から見学しても、すぐに前方と後円の部分が確認出来るくらいはっきりと形が残っています。
個人的には❤️型に見える(?)蘇鉄が好きです。
それ以外にも見所がたくさんの古墳&神社です。
案内板も多数設置されて分かりやすいです。
車で行っても広い駐車場があります。
山陽本線幡生駅の近くのこんもりした丘の頂上にある長さ33mの前方後円墳です。
この丘は古墳時代の当時₍紀元300~500年頃)、日本海から入り込んだ入り江の奥部に突き出た半島だったそうです。
その入り江を熊襲征伐に向かう神功皇后が港として使われたという言い伝えが残ります。
神功皇后は14代仲哀天皇の后ですので年代は西暦300年頃となります。
この古墳には横穴式石室があり、その形式から、西暦500年頃と推定されています。
横穴式石室の入り口は1909年に神社の敷地を拡張しようとした際に見つかり、3個の勾玉、鉄器、土器が検出されたそうです。
現在でも古墳の形状は比較的よく残されていて、その輪郭に丸い石が敷いてあります。
下関市幡生宮山古墳(生野神社境内)本州最西端の前方後円墳だ。
六世紀中頃に築造されたものである。
市域にあっては綾羅木川流域に古墳が集中するのだがそれらは四世紀後期から五世紀前半であった。
その後100年余を経て幡生方面に進出したのである。
市街地にあって宮山は自然が残されているのは嬉しいぞ。
本州最西端でもあり最南端の前方後円墳だったことをすっかり忘れていた。
今でこそ内陸にあるのだが、古地図が正しければ宮山古墳は海沿いに築造されたということだ。
やはり海路からは大和連合の一員であることが一目瞭然となったに違いない。
名前 |
宮山古墳 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
評価 |
4.0 |
こんな所に古墳が!!って感じの場所。
よくある古墳と神社(生野神社)が一体化した場所です。
案内板はありますが、古墳直前の柵の所から見学しても、すぐに前方と後円の部分が確認出来るくらいはっきりと形が残っています。
個人的には❤️型に見える(?)蘇鉄が好きです。
それ以外にも見所がたくさんの古墳u0026神社です。
案内板も多数設置されて分かりやすいです。
車で行っても広い駐車場があります。