周辺のオススメ
スポンサードリンク
名前 |
綱掘式石油井戸 C-2号 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
5.0 |
宿場の西端辺りにある保存施設、鉄塔が目印。
蒸気機関はありませんが、当時の掘削技術の様子が伺えます。
以下、案内板より網堀式石油井戸C-2号宝田石油会社(後に日本石油会社と合併)が掘削した「綱堀式削井機の二号井」で明治30年5月23日より昭和60年12月1日まで使用されて、抗内深さは649.45mであり、付近にはC-九号(大正7年5月23日採油開)C-十号(大正8年8月10日採油開始)があった。
この削井機は明治23年に、尼瀬の日本石油会社がアメリカから最初に輸入(石油公園内のC-1号)した機種と同型で、それまで手掘による浅層採油だけに頼っていた掘削方法は蒸気機関を動力とするウォーキングビームの上下運動により、ロープに吊るされた、ビットが杭底を衝撃して掘り進むもので、これを契機に石油業の近代化が進んだ。
尼瀬油田の最盛期は明治22年~31年の十年間で手掘り井戸も含めて多くの井戸があり明治27年では日産16,910ℓであった昭和26年には日産44ℓ昭和60年には日産9ℓとなったが、一方天然ガスは日産 3,000㎥噴出していた尚、現在のC-二号は廃抗作業後に昭和62年施設保存のために同じ場所で地下部を密閉し井戸志を9m残した状態で櫓とポンピングパワーを復元したものである。
(出雲崎町)