戸無門からの逆襲!
筒井門東続櫓
戸無門から誘い入れた敵をこの櫓から攻撃する。
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見納めの三角屋根駅舎。
松山駅 旧駅舎
中には入れません。
おなじみの三角屋根の2代目駅舎。
道後温泉商店街、雨でも安心!
遍路石
好幾年後再次到訪道後溫泉,沒想到,竟然已規劃整建變成不用淋雨的遮雨遮陽棚道後溫泉商店街了!
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松山城の後に黒猫出現!
四脚御門
四脚御門は1992年に復元された。
へとへとになりつつ下ったところここで黒猫に会えました。
乾門東続櫓の木造復元。
乾門東続櫓
1982年に乾門とともに木造復元された。
乾門の左右を固める連続する櫓。
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歴史を感じる石碑が魅力。
皇太子殿下駐駕所碑
石碑がありました。
城山公園近くの高石垣、圧巻の歴史!
栂門跡
城山公園近くにある史跡です。
他の石垣よりだいぶ高さもありこれだけの規模を持つ石垣は他にないだろう。
公園の入口でお待ちしてます。
湯築城跡 大手門
公園の入口になってる。
庭園の池で癒しのひととき。
湯築城跡 庭園の池
庭園にある池です。
庭園?
明治の客車が隣接する、歴史感じるひととき。
坊ちゃん列車の客車
子規堂のすぐ横にあります、中にも入れます。
子規堂に隣接されています。
いよかすりの味わい深さ。
伊予絣創始頌功碑
いよかすり と読みました。
展望台からの絶景を一望!
本壇
展望台手前にあります。
一望できるおすすめの場所。
松山城下、公園入り口の人気店。
東御門櫓台石垣跡
松山城近くの公園の入り口にあります。
いつでも人がいます。
正岡子規ゆかりの地、旅のスタート地点。
正岡子規句碑「十一人一人になりて秋の暮」
フェリー乗り場前に石碑がありました。
正岡子規 ここから旅立った。
明治の技術者を記念撮影!
宮本武之輔顕彰碑と銅像
河川の改修や道路工事に尽力した明治の技術者の顕彰碑です。
【スポログreview#1533】記念撮影。
正岡子規と夏目漱石の石碑が並ぶお店。
正岡子規・夏目漱石句碑
正岡子規、夏目漱石の石碑です。
正岡子規の高弟 河東碧梧桐。
河東碧梧桐句碑「さくら活けた花屑の中から一枝拾ふ」
河東碧梧桐は、正岡子規の高弟の一人。
治水事業でつながる地域の絆。
内藤鳴雪・村上霽月献灯句碑
治水事業に多大な功績。
松山城の内堀を感じるひととき。
内堀跡
松山城の内堀はもう無い。
毘沙門阪の秋、正岡子規句碑巡り。
正岡子規句碑「牛行くや毘沙門阪の秋の暮」
警察署前駅に向かう途中にあります。
松船城の石積みを辿る!
松船城跡
松船城は石積が残っているという情報を得て登りました。
与謝野晶子歌碑で心に響くひと時。
与謝野晶子歌碑
「松山市:与謝野晶子歌碑」2025年7月のバイクツーリングで立ち寄りました。
飛鳥時代の須恵器窯跡で歴史を感じる!
姥が懐窯跡
飛鳥時代中頃に須恵器を焼いた窯跡だそうです。
湯神社境内の慰霊碑で心を静める。
慰霊碑
建立されたと思慮される慰霊碑を、湯神社境内に発見しました。
伊藤博文ゆかりの松の碑。
栽松碑
伊藤らの寄付により松を植えたとされる記念碑です。
松山タクシーのりば近くで楽々アクセス。
七曲跡の碑
現在(改訂前)のマップの「松山タクシーのりば」の辺りに移設されています。
大原其戒居宅跡
松山港でフェリー旅の出発点。
正岡子規句碑(松山観光港)
松山港から呉広島行きのフェリー乗り場にありますね。
正岡子規の句が響く場所。
正岡子規句碑「ていれぎの下葉浅黄に秋の風」
松山出身の俳人 正岡子規がこの地で詠んだ句です。
陸軍大将の足跡、秋山好古の教え。
旧制北予中学校正門
秋山好古は陸軍大将を退役後、この学校で校長を務めました。
小説の世界に浸れる空間。
夏目漱石書簡碑
小説を読み訪ねて行った為、また興味を持った。
昔からのお遍路休憩所。
粟の井(井戸)
昔からお遍路さんの休憩場所となっています。
伊能忠敬の足跡を訪ねて。
伊能忠敬休息之地(松山市谷町)
ここ谷村、現在の松山市谷町で休息をとったことがこの石碑に記されている。
石手寺近く、石手幼稚園道沿い!
石手寺 五輪塔
石手寺の東側の道を石手幼稚園方向に歩いていくと右手にあります。
世俗を離れ、極楽を祈る場所。
一遍上人歌碑
身心欲求,再次來到祖父的墓前參拜,祈求同生極樂。
かつてのゴミ捨て穴、今や魅力満載!
土坑
かつてのゴミ捨て穴だったようです。
排水溝跡の秘密、探しに来ませんか。
道路排水溝(湯築城跡)
排水溝跡です。
江戸時代の杉ノ壇を感じる。
杉ノ壇
湯築城が機能していた時代には呼ばれていなかったようです。
鉄砲町駅からすぐの立地!
城北練兵場跡
鉄砲町下車すぐです。
三河刈谷二万石の遁世。
松平定政霊廟
無届で突然遁世したために、領地没収となった方です。
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