歴史を感じる泪橋の散歩道。
浜川橋(淚橋)の特徴
旧東海道に位置する歴史ある濵川橋は、昭和9年に竣工された独特な橋です。
涙橋という異名を持ち、江戸時代の悲しい歴史を感じさせる場所として知られています。
魚や水鳥が生息する立会川近くで、情景を想像しながら訪れることがルールです。
〜散歩の起点に〜立会川スタートで複数ある海上公園を散歩する際に通る、歴史の情緒を感じさせる小さな橋。
別名「泪橋」鈴ヶ森刑場での処刑に先立ち、これより先は親族知人は罷り成らぬ泪のお別れ泪橋小塚原刑場近くの山谷にも泪橋はある泪の別れと言っても死罪になるほどの罪人ですから。
京浜急行立会川駅から徒歩約3分くらいの場所にあります。橋の名前はこの辺りの地名である浜川からきているそうですが、1651(慶安4)年に品川宿の入口となる鈴ヶ森に仕置場(鈴ヶ森処刑場)が設けられました。ここで処刑される罪人は裸馬に乗せられて刑場まで護送されてきました。その際に親族らがひそかにこの橋で涙ながらに別れた場所ということから「涙橋」と呼ばれるようになったといわれています。泪橋の名前は南千住にある小塚原刑場跡近くにもありますが橋として残っているのはこの浜川橋だけになります。現在の橋は昭和9年に架け替えられたものとなります。
旧東海道踏破チャレンジ初日(25年1月25日)は、日本橋(07時45分出発)からこの立会川の浜川橋まで、増上寺や泉岳寺などに寄り道をしながら、11時に到着。所要時間3時間15分。この橋は、罪人が鈴ヶ森の処刑場に連れて行かれる時に、家族が涙で別れた場所らしい。別名泪橋。次回のチャレンジは、この橋からスタート予定。
ここから北東に設置された鈴ケ森刑場(1651年)に移送される罪人を、密かに見送りに来た親族が、ここで涙を流しながら別れたと言われ、「泪橋」と呼ばれるようになったそうです。
意識していないとサラッと通りすぎてしまいそうです。
コンクリートの本体に金属製の欄干が付いた姿が印象的であった。戦前(1934年)に竣工した橋であり、現役なのが凄い。また、戦災を免れた。というのも良かった点である。
旧東海道、昭和9年12月竣工の「濵川橋」、鈴ヶ森への泪橋です。只今、立会川の水質試験を行っている様ですが、確かに水は緑色に濁っていました。昼間は人通り、車通りが多いですね。車は一方通行です。確か。
立会川が海に注ぐこの辺りの地名の浜川から名付けられたこの橋は、またの名を「涙橋」ともいいます。この橋が架けられたのは、徳川家康が江戸入府後の一六〇〇年頃と思われます。現在の橋は、昭和九年(一九三四)に架け替えられたものです。東海道沿いに設けられた処刑場・鈴ヶ森刑場に向かう途中、立会川に架かる橋が、処刑人の身内の人々にとっては最後の別れの場になったことから、ここに架けられた橋が「泪橋」と呼ばれるようになり、またここを流れる川が「立会川」と呼ばれるようになったと伝えられています。
| 名前 |
浜川橋(淚橋) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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浜川橋(泪橋)京急本線立会川駅の東150m(徒歩2分)、駅名の元、線路を東西に貫く立会川と、線路と並行する旧東海道との交点にかかる(現在は)コンクリート製の橋です。他の方も書かれている通り、近く(北方700m、徒歩10分)にあった鈴ヶ森刑場に引かれていく受刑者を見送る旨の由来ですが、似た様に有名な小塚原刑場のそば(南方450m、徒歩6分)にも「泪橋」の地名があります(もはや橋自身はありませんが)。そういった意味では全国に他にもたくさんの「泪橋」があるかもしれませんね。