伊藤左千夫生家の歴史探訪。
伊藤左千夫の生家の特徴
入館料140円で歴史民俗資料館と伊藤佐千夫生家を訪問できます。
松田聖子が植えた木があり、作品の歴史を感じられます。
平日でも多くの来館者で賑わう人気のスポットです。
生家、茶室の見学には「山武市歴史民俗資料館」で入館料を支払い、二階の常設展示室で伊藤左千夫の知識を学んでからとなります。資料館は撮影禁止、生家、茶室は撮影OK。トイレは外に有りました。伊藤左千夫は本名、幸次郎。元治元年(1864年)〜大正2年(1913年)、明治期に活躍した歌人・小説家。最終学歴は朝ドラ「虎に翼」の舞台になった明治法律学校(現 明治大学)中退。1899年に左千夫を号し。1900年にホトトギス派正岡子規に師事、子規没後、1903年「馬酔木」を創刊。1906年処女小説「野菊の墓」でデビューし代表作となる。生家、茶室(1941年、東京から移築)、裏に土蔵も有り、当時としては大きな立派な住宅に感じた。生家の裏手(徒歩5分位)に伊藤家の菩提寺、法満寺が有りました。生家見学前にお参りしました。
歌人・伊藤左千夫の生家 歴史民族資料館の隣にあり、資料館の入場料に含まれています。茅葺屋根の大きな立派な造り、土間には釜戸、部屋が幾つかあり、裏には土蔵などがありました。江戸中期230年前頃の建築だそうです。庭に「唯真閣」という茶室もありました。伊藤左千夫と言うと野菊の墓しか覚えていませんでしたが、今回アララギ創刊など歌人としての活動を知ることができました。
伊藤 左千夫(いとう さちお)、本名は伊藤 幸次郎、{元治元年(1864)~大正2年(1913)}は、日本の歌人、小説家です。正岡子規の『歌よみに与ふる書』に感動し門人となりました。子規没後は、「アララギ」を創刊、アララギ派の基礎を作りました。1905年には、純愛小説『野菊の墓』を発表、夏目漱石に激賞されました。
伊藤家を維持するため複雑なご一家となったのか?
入館料140円で歴史民俗資料館と伊藤佐千夫生家に入場できる。
四男らしいけど、時代的に風流だったんですね。
野菊の墓で主演した松田聖子が植えた木がありました。
伊藤左千夫生家、茶室を見学する際は山武市歴史民族資料館にて資料館の展示も見れる入館料が必要です。ちなみに生家は土間までは入ることができますが、座敷などには上がることは出来ません。
見学しようと思いましたが、ちょうど工事中で入場禁止。生家の雰囲気だけ写真に撮れました。
| 名前 |
伊藤左千夫の生家 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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南の島の砂丘上の木造の図書室。薄暗い本棚で見つけた「野菊の墓」を読んで半世紀。亀戸天神近くの荒れ寺の墓に始まり、松戸市矢切の渡しと訪ねて、成東の生家に辿り着く。茅葺きの屋根と土間の台所に、自らの生家を思い出した。