神坂神社の巨木がもたらすパワー。
神坂神社の特徴
大きな御神木の杉があり、涼しさを感じられます。
昔の姿を残した静かな空気感が漂う神社です。
東山道沿いに位置する趣のある神社です。
園原碑真篤刈信濃国伊那郡園原能里波瑞垣乃久伎昔仁開気 千早振神代爾志天波八意思兼神能御子天表春之命天降着給比奴 阿智神社川合陵等叙其霊跡奈留 現身乃人王登成天波 景行天皇能皇子倭建命巡行志弖御阪神袁言向給比奴 神阪能社在留波其遺蹟爾奈牟 斯自夙廼官道奈礼婆自然都人乃往来多加理之故爾万葉集仁毛神乃御阪登詠美 又園原伏屋箒木等毛古人能歌詞仁見衣天 国風登共爾其聞世仁高久 将紫女波物語乃卷名仁左反負世多利伎 斯名所多在留地奈留仁嘗久岐蘇路開計志以後 清内路大平等乃支道母漸漸爾多久成来弖 此所乎往反人甚稀稀奈礼婆 遂仁波斯在名所乃消滅牟事袁太久慨美 此地乃篤志者等相議里弖其由乎碑文仁貽之 後世仁伝反或者好古忠人乃導爾母登天 其梗概乎如此奈舞熱田神宮宮司従五位 角田忠行撰正七位 富岡百鍊書(訓み下し文)みすずかる信濃国伊那郡園原の里は、みず垣の久しき昔に開け、ちはやぶる神代にしては八意思兼神(ヤゴコロオモイカネノカミ)の御子天表春(アメノウワハル)之命天降着(アモリツ)き給いぬ。阿智神社川合陵(カワイノミササギ)などはそのみ跡なる。うつし身の人王(ヒトノキミ)となりては、 景行天皇の皇子やまとたけるの命いでまして御坂の神をことむけ給いぬ。神坂の社あるはその遺跡(ミアト)になむ。かく夙(ハヤ)くよりの官道(ツカサミチ)なれば、おのずから都人の往来(ユキキ)も多かりしゆえに、万葉集にも神の御坂と詠み、また園原伏屋(フセヤ)箒木(ハハキギ)などもいにしえ人の歌詞にもみえて、国風(クニブリ)と共にその聞こえ世に高く、また紫の女(トジ)は物語の巻の名にさえ負わせたりき。かく名所(ナドコロ)多くある地なるに、かつて久しく岐蘇路(キソジ)開けし以後(コノカタ)、清内路大平などの枝道もようように多くなりきてここを往きかえる人いと稀なれば、ついにはかくある名所の消え滅びむことをいたく慨(ウレタ)み、この地の志篤き者たち相議(アイハカ)りてその由を碑文(イシブミ)にのこし、後の世に伝えあるいは古を好(ヨミ)する忠人(マメビト)の導きにもとそのあらましをかくの如くになむ。(下伊那郡誌資料)
山の中、前から車の来ないことを祈りつつ運転駐車場は広いのに車がたくさん停まっているハイキングコースの起点らしい熊🐻注意の看板があるのに、皆さん行くとはよほど良いところらしい神社は駐車場のすぐ上谷を流れる川の音と、鳥の鳴き声がよく聞こえるかなり巨木も有り、ああ、こういうところがパワースポットと言うのかな日本武尊の腰掛け岩には本当に日本武尊がいたかも、と言う雰囲気御朱印は東山道・園原ビジターセンターはゝき木館(神坂神社)か、門前屋でいただく。
圧倒的なパワーの御神木。山の上に鎮座されてる静かな神社です。
太古からの大杉に目を奪われました😊とてもとても神域を感じました。
富士見台高原へのブナコースの最初にあるので 安全祈願。
夜中に伺ったので、チャンスがあれば昼間に伺い、木からパワーを頂きたい。
大きな御神木の杉の木があり、鳥居をくぐるととても涼しいです。神社の中で一休み出来るのも良いですね(*^^*)
趣の有る神社昔往来のあった山越えの神社。
恵那山登山の帰りに寄りました。この山奥で、なんと由緒のある神社。驚きました。この山奥に、なんと「わだつみ」航海の神様が祀られているのです。なぜ?一説によると安曇族が信濃に移住してきた遺構ではないかと言われています。安曇族は古事記にも登場する大和朝廷に仕えていた船や稲作に秀でた人々。それが諏訪大社、ひいては安曇野へと続いていく。太古の歴史の通り道であった場所なのですね。境内にある千年杉も見事。そして防人の歌。昔の東山道。防人はこの道を通って、遠く九州まで行ったのです。しかも歩いてだよ。なんてこった。近くの神坂峠では須恵器の破片が多数出土し、古代祭祀が行われていた。とても歴史があり、京都と繋がっていた場所。
| 名前 |
神坂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
http://www.nagano-jinjacho.jp/shibu/04nansin/03hani/6089.htm |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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登山口にありました。御神木が壮大でした。