東京工業大学の桜散歩、心癒す歴史あるキャンパス。
東京科学大学の特徴
東京工業大学の本館、西1号館は歴史的建造物です。
散歩に最適な緑豊かな環境が魅力的です。
春には美しい桜が見られ、隠れた花見スポットです。
(2026年3月下旬)メインストリートの桜には少々早かったですが、横の小ぶりの木や土手下の巨木はちょうど見頃でした。休日だったので、近隣の方々や学生さんが花見をして楽しんでおられました。
母校に15年ぶりにきました。桜が咲く季節で天気も良く、たいへん綺麗でした。学食で、食べたかったですが、時間が合わず、あきらめました。また来ることもあるかと思います。
一般利用も可能なキャンパスとなり、憩いの場となっています。春は桜がとても綺麗です。
駅からも近く、休日は子連れの若いママが公園として利用してます。
とてもいい大学です!教授の方達も皆優しく、地方から出てきて良かったなと思います。皆さんも是非入学してみてください。銀杏が臭かったです。
いろいろなチャレンジが出来る、素敵な大学。ホント成長が約束された多面的視野、基礎技術、冒険、チャレンジを学べる大学。教授人も素敵ですし、学ぶ学生もビジョンを持って取り組んでるので本当に成長出来る環境と思います。
大岡山駅正面口目の前。大岡山駅から緑が丘駅1駅分に渡り広大なキャンパスが広がっています。理系の総合大学で最高峰。こちらで学べば、「科学の力で善き未来を創っていく」と学長がおっしゃっている通り、技術的にも、人としても科学を通して社会へ貢献できる人に育ってくれると思います。それは親としても本望です。工大祭に伺いました。東工大といえば、mechanics というイメージがあります。ロボコン、鳥人間コンテストでの活躍はもちろんですが、医薬系のがん研究をする研究室もありました。物理・化学で受験されてるとのことですが、研究室分野は意外と多岐に渡り興味深いです。女子も数は少ないですが、活躍されていました。応援しています。入口入ってすぐの建物が売店と博物館になっています。地下1階博物館の警備員さんが丁寧で一人一人に挨拶してくれて感動しました。東京医科歯科大学との統合記念に、解体新書の本物が展示されていました。本物は普段は、お茶の水キャンパスの方で展示されているそうです。長男はこちらの工学部系が好きな感じ、二男はまた違った系統なのだなと学校へ行った雰囲気で感じました。素敵な学校です。工大祭には近隣住民の方々ご家族で訪れていました。地域にも愛されているのですね。これからも科学で良い未来を輩出する人材の育成を期待しています。
以前散歩させてもらった時のもの。広いキャンパスゆっくり散歩ができました。
東京工業大学の本館、西1号館は歴史的建造物である。本館は昭和9年(1934年)竣工。設計は橘節男建築学科教授。正面の時計塔、5連のアーチが美しい。西1号館、旧分析化学教室は、昭和6年(1931年)竣工。建物上端にはテトラコッタ製のロンバルド帯、六ヶ村堅石ビシャン仕上げのポーチなどが見える。
| 名前 |
東京科学大学 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3726-1111 |
| 営業時間 |
[月火水木金] 8:30~17:15 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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昔の名前(東京工業大学)の方が堅実なモノづくりを志向している感じで良かった…。学食の唐揚げ定食、アジア食フェアのナシゴレンなどが美味しかった。近所で食べるなら、正門近くの「四川屋台」、ちょっと歩くがインドカレー「コピラ」がお勧めです。校歌は三好達治作詞、諸井三郎作曲による壮重なもの。「逝くものはかくのごときか」という孔子の言葉から始まります。ちなみに「太郎を眠らせ 太郎の屋根に…」の緊張感溢れる名作は、三好達治によるもの。諸井三郎は日本のクラシック音楽黎明期にドイツ留学をして、帰国後は創作と教育に尽力した人。同じくドイツ留学をしてその後「赤トンボ」などの唱歌で日本的叙情に傾斜していった山田耕筰とは対照的に、ベートーベンを範とする音楽構築を重んじた作風。もっとも、留学中には教官から「構成が植物的…」みたいな指摘を受け、逆に、民族的な音階やリズムによらずとも日本人としての個性は自ずと顕れる、と悟ったらしい。音楽の友社のポケットスコア、ベートーベンの解説の多くは未だ諸井三郎によるものが採用されている。同じくドイツに学んだ、関西出身で標題音楽を得意とした貴志康一と比較も気になるところ。諸井三郎の子息の一人は、入野義朗とともに十二音技法を導入・発展、後に竹籟五章などの作品で尺八の現代音楽への可能性を追及した、作曲家の諸井誠、です。今回の東工大・医科歯科大の合併にあたっては、当初、東京芸大にも加わらないかと打診していたそうだが、断られたらしい。実現していたら面白かったのに…。フランスのIRCAMみたいな組織ができていた、かも。