江古田公園で歴史探訪!
江古田古戦場の碑の特徴
江古田公園内に位置し、太田道灌と豊島泰経の激戦の地です。
歴史を感じる堂々たる筆致の石碑が立っています。
新江古田駅から散歩途中に訪れやすい憩いの場となっています。
豊島一族と大田道灌の闘いを書いた「決戦」という本を読んで興味をもち、江古田原・沼袋古戦場を訪問。緒戦となった哲学堂公園北東の野球場あたりから、戦死者を葬った金塚や大塚の野方あたりまで歩いた。ついでに先勝祈願の北野神社や猫寺自性院も。この戦のあと、杉並や練馬に主戦場を変えて石神井城陥落へ向かうという歴史ロマン。写真をUPしたが、ちょうどこの古戦場の説明書が12月に書き換えられていた。前にUPしたひとの写真と読み比べたら、豊島氏の支配エリアのうち、西上野(西群馬)→上野(群馬)と修正されていた。確かに、豊島宗本家は1468年上野綱取原合戦で参戦し武勲をあげている。上野綱取原とは群馬県伊勢崎市であり群馬中部である。
文明9(1477)年、太田道灌公と豊島泰経公が激突した古戦場は江古田公園内にある。
ここ太田道灌と豊島泰経の激戦があった場所で近隣にも関連する施設がたくさんあります。
中野区の歴史を感じさせる場所です。掘れば歴史的な遺構が出てきそうな雰囲気があります。今は広場になっており、自転車で子どもをのせて、よく遊んでいました。遊具は申し訳程度に一つあるだけです。
堂々たる筆致の石碑です。
江古田公園の片隅にある石碑。1400年代半ば、この地は太田道灌と豊島氏が永きに渡り合戦をしたと記されている。
新青梅街道沿いの古戦場跡室町時代。今は公園風になっている。
江古田古戦場の碑石には、昔の方々が石には、刻まれております。まぁ、妙正寺川添えの公園ですが、銀杏の木が有り、銀杏が良く、取れますね〜!余り、遊具が無く、広い公園ですね。椅子が、川に向かって、有り、川の流れなどを、観ながら休憩したり致します。
碑石だけが、公園横の茂みにひっそりたたずんでいます。
| 名前 |
江古田古戦場の碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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太田道灌と豊島泰経が合戦した地。