徳川家康ゆかりの池で癒されて。
津の守弁財天の特徴
坂や階段を進むと閑静な住宅街にひっそりと佇むお社です。
徳川家康がムチを洗った池の畔にある、歴史を感じる場所です。
荒木町の奥には桜の美しい神社で、心癒される空気感があります。
今に残る四谷の貴重な地形を経験出来る。すり鉢状の地形の底がこの場所。荒木町の細い路地を降りていくので最初は迷いそう。「青森PR居酒屋」さん横の細い路地を降りていき道なりに行くと辿り着きます。ベンチがあるけど日向。
アド街ック天国 四谷三丁目でかつて荒木町が美濃国高須藩主の土地であり、津の守弁財天はその上屋敷があった場所で会津松平容保が生まれた地と紹介してました。
2025/03/24四谷荒木町の細路地を歩いていたら、路地の突き当たりに鮮やかな桜色🌸が。ちょうどこの日は東京の桜🌸開花宣言が出された。しかしここは既に満開だ。一本木とは思えない存在感に、圧倒される。
携帯のナビ通りに進んでいるのにそれっぽい景色にならない…本当ここにあるのだろうか……と、疑う心を抑えながら坂や階段を進んだ先の閑静な住宅街の中にある小さなお社です。こちらはお手水の石鉢はあるのですが雨水や苔で濁っているのでご挨拶前の清めは「洗ったつもり」か携帯用消毒液、ウエットティッシュ、もしくは塗香などで行うのがよいでしょう。お供え物を収める棚などはない&即日回収されるか判らないので、お詣りを終えたら後の方の為にお供え物は回収して帰りましょうね。池の岩が動いた!思ったらものすごく大きな鼈が現れてびっくりしました。これがヌシか…他にも亀や鯉がいますが水辺なので夏場は虫除けスプレーしてから来るとよいと思います。
普通に感じのよい弁財天でした!歴史はあるようで!行くまでにちょっと不安にはなります。坂多し。
四谷三丁目駅、曙橋駅から近い小さな弁財天。策の池という池の畔に祀られています。(江戸時代の由緒正しい井戸があったらしい。)見どころは桜。東京ではまだこれこら開花するタイミングなのに、もうすでに七分咲き状態!近くの公園の桜はまだ1輪も咲いてないのに。多分、品種として早咲きなのかな?周辺は住宅街で、桜も一本だけなので、ひっそりと咲いています。誰が花見をしているわけでもないですが、枝ぶりも立派です。ベンチもあるので、腰を掛けて鑑賞することもできます。とは言え、ここは住宅街、花見をするにしてもお静かに。
50mほど先の金丸稲荷と縁の深い弁天社だ。「津の守」の名は摂津守に由来している。金ピカの説明書きは遠目にも目立っていた。社殿は小さいが、彫刻はかなり多いタイプ。覆堂もしっかりしていた。彩色はなくても良いような気がする。
ふらふらと手前にあった金丸稲荷神社から歩いてきました。荒木町奥の細道と書いてあって、先に弁財天様!?という感じです巴歳産まれとしては見逃せないなにやら徳川家康が鷹狩のさいに策を横にある池で洗ったとか。隠れパワースポットか?その池を眺めていると亀やら鯉やらが沢山いました。…!?まさかのスッポンも!!?え?天然で?そんなことあるんですね笑野生のスッポンって存在してるんですね、しかもこんな新宿のど真ん中に。なんかいいもん見れた気がするなー好きになりました。
金丸稲荷神社にある案内立て札に従って細道を進むと突き当りに廃業した料亭「千葉」の御門があるので、その前の右に入っていく階段坂を道なりに下りるとすぐに津の守弁財天があります。池のほとりの岩の上に、弁財天様が鎮座しています。祠も境内も手入れがされていてきれいです。こちらは宗教法人解脱会の所有とのことで、説明板にも解脱会の名があります。『ザ!鉄腕!DASH!!』のカイボリでちょっとした話題になった池があります。策の池です。説明板によれば、江戸時代にはこの辺り一帯が美濃国高須藩主松平家の上屋敷で、屋敷内の池泉回遊式庭園には、湧水や玉川上水から取水した大池や滝があったそうです。当地には徳川家康(1543~1616)が鷹狩りの帰途、泉水で策を洗ったという「策の井」伝承があることから「策の池」と呼ばれ、現在残っている池はその一部だそうです。暗い時間だったので、撮影するには暗かったようですが鯉らしき姿は見えました。
| 名前 |
津の守弁財天 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
津の守弁財天つのかみべんざいてん策の池(むちのいけ)に橋が架かり、 小さなお堂が建っています。付近一帯には 坂道と階段 石畳弁財天さまのすぐ横にも 緩やかな 花崗岩の石段道なんとも風情のある風景です。