急坂で感じる目黒の風情。
行人坂の特徴
行人坂は目黒川に向かう急な下り坂で、運動に最適です。
江戸時代からの由来を持ち、富士山が見える風情ある坂です。
COALTAR OF THE DEEPERSのファン必訪の歴史深い場所です。
急坂ですが、車と歩行者の両方とも多く行き来してます。昔この坂で、ミッションでエンストした記憶が蘇った。
🌲目黒区は坂道の宝庫:高低差を楽しむ🌲目黒区にも著名な坂道がある。下目黒一丁目、品川区上大崎四丁目の間にある坂道が行人坂である。江戸時代にも有名な場所だったのか、歌川広重様の浮世絵にも描かれている。とても景色の良かったところのようで、富士山を一望できたことが浮世絵から窺える。茶屋で一服しながら富士を眺め、清々しい気持ちになったのであろう。
行人坂の由来は大円寺にまつわるものて、1624(寛永年間)このあたりに巣食う、住民を苦しめている不良のやからを放逐する為に、徳川家は奥州(湯殿山)から高僧行人「大海法師」を勧請して、開山した。その後不良のやからを一掃した功で、家康から「大円寺」の寺号を与えられた。当時この寺に「行人」が多く住んでいた為、いつとはなしに江戸市中に通じるこの坂道は行人坂と呼ばれるようになった。行人とは、道行く人、旅人、のこと。急勾配の坂の下には雅叙園があります。中腹からやや下の方に大円寺があります。
浮世絵には坂の上から富士山が描かれる急な坂。少し大きなスライドで登る🎵本の少しスムーズに登れた気がしました。
目黒駅と雅叙園との間にある、目黒区の中では有数の急坂です。(頂上付近は品川区)長さもあり、下から上まで急勾配の続くかなり厳しい坂になっています。車は上りの方向に一方通行で狭い道ですが、目黒駅に抜ける道として交通量もありアクセルふかしている車も多いため、ガードレールのない方の歩道は少し危険です。歩行者も結構多いです。由来は多くの方の口コミや看板にありますが、坂の途中には松林山大圓寺(大円寺)というお寺があり、1772年に江戸三大大火のひとつ、明和の大火(目黒行人坂大火)が放火により発生した場所として知られています。
目黒駅周辺は坂道が多いですが、こちらの坂は急で長い坂道ですね。途中にはお寺があったり、目黒叙々苑が近くにございます。その昔、修行先に向かう際に、この坂を利用する人達が多かったといわれております。
目黒区下目黒にある行人坂。この坂もまた実に走りたくなる坂である。
風情のある坂道。結構な勾配があり、登り降りするのに一苦労。絵になる風景です。
坂マニアにはたまらないでしょう。傾斜角度がかなりあるので、登るのはかなりの労力を要します。江戸時代この道で農作物を運んだと聞いてますので、舗装されてないこの坂を荷車で登るのは大変だった事でしょう。太鼓橋の辺りからスタートします。
| 名前 |
行人坂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.meguro.tokyo.jp/gyosei/shokai_rekishi/konnamachi/michi/saka/tobu/gyonin.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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行人坂(ぎょうにんざか)目黒区のホームページより抜粋し、以下に転記する。下目黒一丁目8番の雅叙園西わきを北東へ、目黒川の太鼓橋から目黒駅の東方に上る急坂である。この坂は、江戸時代に権之助坂が開かれる前は、二子道として江戸市中から目黒筋に通じる大切な道路であった。いまは、権之助坂の方が広くてにぎやかだが…「江戸名所図会」には「目黒へ下る坂をいふ。寛永の頃、湯殿山の行者某、大日如来の堂を建立し、大円寺と号す」とある。行人坂という名称は、湯殿山の行者(法印大海)が大日如来堂(現大円寺)を建て修行を始めたところ、次第に多くの行者が集まり住むようになったのでつけられたという。