隅田川沿いの桜堤中学近く。
近代映画スタジオ発祥の地の特徴
墨田区立桜堤中学校の隅田川沿いに位置しています。
大きなプレートには注目すべき歴史が記されています。
口コミからは文字が多く読みにくいとの声がありました。
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墨田区立桜堤中学校の隅田川沿いの塀の内側にあります。分かりづらい場所にあり3回目にしてようやくみつけることができました。
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| 名前 |
近代映画スタジオ発祥の地 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ここは墨田区立桜堤中学校の隅田川沿いの塀の内側にありプレートが大きく文字数も多いので全文を読むのが少々面倒だったが、ここにはこう記されている。明治34年(1901年)フランスからシネマトグラフが輸入され、日本で映画の興行や製作が始まりました。ところが外国映画の質の高さに刺激され、本格的な劇映画の発展を目指そうと、明治44年(1911年)にエム・パテー商会 梅屋庄吉の提案で、吉沢商店 川浦謙一、横田商会 横田永之助、福宝堂 田畑健造など4社の合同で日本活動写真フィルム株式会社(日活)が設立され、大正2年(1913年)10月ここに隅田川畔の杉山茂丸氏の別荘地7,500㎡に向島撮影所が開設されました。川岸に広さ約900㎡の、天候に左右されずに撮影ができる、東洋1のグラスステージが建てられて、日本映画の質を飛躍的に向上させることができました。初期の作品である「カチューシャ」は 大ヒットし「向島作品」の名を高めました。当時は女性の役は女形によって演じられ、カチューシャを演じた立花貞二郎や、後に監督になった 衣笠貞之助も女形でした。やがて女優が採用され酒井米子が向島撮影所最初の女優となりました。ここは 本格的な日本劇映画の発祥の地です。しかし大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊し、惜しくも向島撮影所は閉鎖されました。この間およそ760本の作品が作られました。いやぁ、場所も分かりづらいし非常に読みづらかった。