歴史が息づく善念寺跡で、1243年の板碑に出会う。
阿弥陀板石塔婆の特徴
郷土の歴史を学べる貴重な板碑が魅力です。
非常にわかりにくい場所に位置していて静かな環境です。
小学生の頃から親しんだ歴史的なスポットです。
小学生の頃から郷土の歴史として学習した板碑です。墓地の一角に立て掛けてあります。中世、武蔵国に存在した武蔵七党の1つである野与党の一派須久毛氏の館跡とされています。高望王からの板東八平氏の平良文の家系のようです。平忠常を祖とし胤宗の子の代より男系が代わり元宗となります。元宗の孫 基永が加須(野与荘)あたりに荘園を任され野与党を、名乗ったとされています。
非常にわかりにくい場所にあります。墓地の中にあって。案内板があるんでここか?ってのは分かるんですけど、周りが畑でここどこから入るんだろ?って感じになります。
| 名前 |
阿弥陀板石塔婆 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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さいたま市岩槻区笹久保の善念寺跡と言われる墓地に、 寛元元年(1243)銘の阿弥陀一尊種子板碑があります。板碑造立の発初期に当たる中型の青石塔婆で、阿弥陀種子のキリークが大きく縦長に彫られています。形状も柔らかな印象を与えながら、頭部の2条線や種子を囲む2本線は意外に鮮明で印象的です。隣にある板碑は緑泥片岩が変質してしまったもののようです。寄居町の曼荼羅板石塔婆や不動寺板碑と同じく、頭部が手前に向かって傾斜している珍しい形状をしています。おそらく右側の板碑と同年代のものかと思われます。