巖谷小波の足跡を感じる静寂。
巖谷小波住居跡の特徴
巖谷小波は明治から大正にかけて活躍した児童文学者です。
ひっそりとした静かな雰囲気が漂っています。
居心地の良い史跡として訪れる価値があります。
巖谷小波(いわや さざなみ)は明治から大正にかけて活躍した児童文学者だ。その功績を鑑みれば、もっと評価をされるべき人物である。1907年に家屋を購入し、1933年まで居住していた。亡くなったのは芝大門にあった日赤病院である。石碑は日本童話協会と有志により建立した。
ひっそりとしている。
⊂(・ε・`)ノシ.:∴
| 名前 |
巖谷小波住居跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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作家、児童文学者 巌谷小波の住居跡に建立された石碑です。巌谷小波は昭和8年に亡くなるまで当地に住んでいたようです。また、その後は、「黄桜」のカッパで有名な漫画家の清水崑が住んでいたそうですが人手に渡ったようで、その建物も取り壊しのようです。この石碑がどうなるか心配です。木曜会という巌谷小波が主催していた文学サロンが自宅で開催されていて、自宅があったこの場所に多くの作家が通っていたようです。一時期は50人の作家が加わった文学サロン、この先にある急傾斜の「まぼろし坂」を作家達がゾロゾロ登ってきたのかなと想像してしまいます。そのサロンには永井荷風も参加していたようです。巌谷小波は「桃太郎」や「花咲爺」などの民話を「小波お伽全集」としてまとめ、児童文学の礎を築いています。また、そのおとぎ話を英訳したのは、漫画家の山下和美先生が保存に奔走した「旧尾崎テオドラ邸」で知られる英子セオドラ尾崎ですまた、巌谷小波は、金色夜叉 - 主人公・間貫一のモデルと言われている方ですが、女性を足蹴りにした訳ではなく、巖谷小波を裏切った紅葉館の女中に小波の親友だった「尾崎紅葉」が激怒し足蹴りしたことがモチーフになったようです。改めて調べて誤解が分かりました。そういった様々な逸話が幻のように浮かぶ場所なので、石碑はそのままであって欲しいです。