明治の碑文が息づく戦の記憶。
日露戦役紀念之碑の特徴
明治39年に建立された歴史的な遺構が楽しめます。
陸軍大将奥保鞏の功績を刻んだ碑文が特徴的です。
日露戦役紀念之碑は、戦争の歴史を称える重要な記念碑です。
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日露戦争は、1904年(明治37年)2月から1905年(明治38年)9月にかけて日本とロシアの間で行われた戦争。
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| 名前 |
日露戦役紀念之碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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碑文日露戦役紀念之碑陸軍大将正三位勲一等功三級男爵 奥保鞏書背文明治三十九年十一月 建立他に何かいろいろ刻まれています。判別できませんでした。奥保鞏氏は陸軍軍人で、皇族、薩長出身者以外で最初の元帥になった人。豊前小倉藩出身。日露戦争には開戦に伴い第二軍司令官として出兵。第二軍は第一師団、第三師団、第四師団、騎兵第一旅団で編成され、遼東半島における拠点として 大連を確保することを目的とした。指揮統帥能力に長け、古武士に例えられる謙虚な性格で人望が厚く、「奥だけは外せない」というのが、陸軍部内の一致した見方であったという。天性の軍人らしく、政治向きなことには一切興味を示さず、静かな晩年を過ごした、と伝えられている。物凄く人間くさい方(良い意味です)だったのではないかと思います。