広島城内で語る、激動の歴史。
中国軍管区司令部・第59軍司令部跡ほか 原爆被災説明板の特徴
広島城内にある原爆被災説明板がある場所です。
45基の説明板の一つとして設置されています。
本土決戦に備えた歴史的意義を持つ跡地です。
原爆被災説明板 No.27 中国軍管区司令部・第59軍司令部跡ほか-----説明文より-----中国軍管区司令部・第59軍司令部跡ほか(爆心地から約400~1,300メートル)本土決戦に備え、1945(昭和20)年6月には広島城本丸に中国軍管区司令部・第59軍司令部が置かれ、広島城内堀の外周には、隷下の補充隊や師団司令部などが存在していた。各部隊の建物は1945(昭和20)年8月6日午前8時15分、原爆の爆風により瞬時に崩壊し、火災に包まれて灰燼に帰した。(広島城とその周辺部 撮影・米軍)
| 名前 |
中国軍管区司令部・第59軍司令部跡ほか 原爆被災説明板 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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広島城内にある「中国軍管区司令部・第59軍司令部跡ほか 原爆被災説明板」は、広島市が市内の被爆の実相を伝えるために設置している45基の説明板(No.27)の一つです。1945年8月6日の原爆投下時、広島市内の通信網は壊滅しました。ここにあった建物も原爆の爆風により瞬時に崩壊しましたが、この地下室にあった軍事専用電話だけが奇跡的に繋がり、当時、学徒動員されて地下室にいた女学生が、福山の部隊へ「広島が全滅に近い状態である」という第一報を伝えたそうです。