ここは古墳の秘密基地!
| 名前 |
諏訪神社(牡丹山神社、牡丹山諏訪神社古墳) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
〒950-0872 新潟県新潟市東区牡丹山3丁目14−38 諏訪神社(牡丹山神社) |
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エー、ここ古墳だったんですか!砂丘上のありふれた起伏としか見えません。新潟砂丘の走行方向は新潟市近辺で、西南西から東北東です。砂丘列は内陸部から順次形成され、最内陸部を新砂丘1、次を新砂丘2、海に近い新砂丘3と区分しています。砂丘列上には古くから集落が点在し、それらを繋ぐように砂丘の尾根上を道路が通っている。最も内陸の新砂丘1(亀田砂丘·布目砂丘)はすでに縄文時代から生活の場でした。砂丘地は周囲の低湿地に比べて良い住環境だったのでしょう。牡丹山諏訪神社古墳の所在地は新砂丘2に相当します。それにしても古墳発見のきっかけとなったのが、ただ一片の円筒埴輪破片だったとは。円筒埴輪とは弥生後期吉備地方(岡山県)で始まり、壺を乗せる器台が起源。祭祀の場で供物を高くかかげて捧げるのは、表敬の作法です。円筒埴輪は底が無く、筒状の土師質土器=黄色味を帯びた赤褐色の素焼き。円筒埴輪の形態変遷は詳細に調べられ、編年は確立されている事でしょう。県内の古墳で円筒埴輪は初見で、県内研究者にとって、他県で円筒埴輪を手に取り、つぶさに、観察する機会は少ないはず。そもそも土師器で、円筒形の胴部にタガ状の突帯が付く器形は、円筒埴輪だけかも?研究者の眼力恐るべし。墳丘の現状は社殿部が高く、前の自動車道路から1m強ほど高いように見えます。社殿西と北は土止めの擁壁で区切られ、北側は2mほどの段差があり、神社敷地の外は下がっています。発掘調査によればかっての墳丘中央は、社殿より一段下がった南側のようです。墳丘は社殿の建立、周囲の市街地化で大きく変容した。埴輪文化は吉備から出雲を経て海路により、この地に伝えられたのでしょうか?後の沼垂柵(7世紀大化3年設置)との関係も気になります。この古墳(5世紀前半)を造った母体となる古代の集落が、近くのどこかにひっそりと埋もれているのでは…?