桜吹雪の下で心癒されるお寺。
常照寺の特徴
常照寺は徳川光圀公が建立した由緒あるお寺です。
小高い丘にあり、桜や樹木に囲まれた景観が魅力的です。
住職の奥様とのお話や野点で癒しの時間を満喫できます。
景観良し、清潔感があり、清掃も、寺院内の整理整頓も、高水準に思われる。植樹樹木も多く、動植物も静かに生息。京都市「南禅寺」の流れを継ぐだけあって、雰囲気も京・東山に似ているなぁと感じた。時鐘🔔の響きも良かった。御住職夫人?にも親切に対応して頂き、由緒書をも入手できた🌟🌟🌟。
佛日山常照照 臨済宗大徳寺派のお寺でご本尊は釈迦如来。佐竹氏の国替えに伴い廃城となった吉田城跡地に"佐竹嫌い"の光圀公が、大徳寺22世の仰堂宗高を迎えて建立しようとしたが、完成前に没した為、元禄13年(1700)に敬峯和尚が開山したそうです。杉に囲まれた参道が素晴らしい古刹でした。(◔‿◔)
本堂の扉が少し開いていたので上がろうとしたところ、たまたま住職の奥様が来られて、30分ほどお話しました。気さくな奥様で気持ち良くお話できました。お寺の管理(建物、庭、樹木)のご苦労がよく伝わりました。
垂れ桜の下で、野点が行われ、桜吹雪でとても美しかったです。
我が家の菩提寺です年3回程墓参りに来てます年度初めの墓参りここは寒すぎです。
私の菩提寺です。住職も奥様も気さくな方達で両親の月命日に毎月2回通ってます。とても雰囲気の有るお寺です。
社務所?入り口に大きな垂れ桜が有り満開は見事ですよ❗️お寺脇には沼が有りきれいに舗装された道も有りお散歩にもいいと思います。
とっても癒される場所にある立派なお寺でした。
菩提寺です。
| 名前 |
常照寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
029-247-7172 |
| HP |
https://mito.inetcci.or.jp/110iitoko/shiseki/shiseki_4wdsuk7o.html |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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仏日山 常照寺(じょうしょうじ)は、水戸駅の南東2.7kmほどの茨城県水戸市元吉田町に伽藍を構える臨済宗大徳寺派の寺院です。水戸藩第2代藩主・徳川光圀(水戸黄門)によって元禄年間(1688〜1704年)に創建されました。光圀は京都・大徳寺の仰堂(こうどう)和尚を迎えて開山とする予定でしたが、和尚と光圀の両名が相次いで没したため、実際の創建は元禄13年(1700年)に敬峯(けいほう)和尚によって成し遂げられました。光圀が晩年に隠居した西山荘に近い場所にあり、彼が生涯で最後に創建した寺院の一つとして知られています。境内一帯は、平安時代末期から戦国時代にかけての城郭である吉田城(常陸吉田城)跡です。吉田城は、平安末期に常陸平氏・大掾(だいじょう)氏の一族である吉田清幹によって築かれたとされます。その後、江戸氏の支配を経て、戦国末期の天正18年(1590年)に佐竹義宣が水戸城主となると、水戸城の拡張に伴い廃城となりました。城郭遺構: 現在も本堂の周囲や墓地付近には、中世の山城特有の土塁や空堀が良好な状態で残されており、往時の堅牢な構えを偲ぶことができます。境内には、幕末の水戸藩士であり高名な絵師でもあった萩谷遷喬(はぎや せんきょう)の墓があります。遷喬は、9代藩主 徳川斉昭(とくがわなりあき)に重用され、斉昭の肖像画や偕楽園・好文亭の襖絵などを手掛けた人物です。彼がこの寺に眠っていることは、常照寺が水戸藩の精神文化の一端を担っていた証でもあります。臨済宗(りんざいしゅう)は、鎌倉時代に明庵栄西(みんなんようさい)が中国(宋)から伝え、武家社会を中心に発展した日本三大禅宗の一つです。曹洞宗が無心に座るのに対し、臨済宗は師から与えられる「公案(こうあん)」という禅問答を考えながら座禅を組む(看話禅)のが最大の特徴です。自分の内側にある仏の性質(仏性)を見極め、本来の自己に目覚める(見性成仏)ことを目指します。 葬儀や法要では「南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)」と唱え、お釈迦様に帰依します。臨済宗は単一の組織ではなく、14の独立した宗派(臨済宗十四派)に分かれています。 妙心寺派は、日本最大の禅寺で、全国の臨済宗寺院の過半数を占めます。建仁寺派は、栄西によって開かれた京都最古の禅寺です。その他、南禅寺、天龍寺、大徳寺、建長寺、円覚寺などが各派の本山として有名です。臨済宗大徳寺派(りんざいしゅうだいとくじは)は、京都の大徳寺を本山とする、臨済宗14派の一つです。鎌倉時代末期の正和4年(1315年)大燈国師(宗峰妙超)によって開かれました。室町時代には幕府の保護下にある「京都五山」から離脱し、独自の禅風を貫く「林下(りんか)」の代表格となりました。「大徳寺の茶面(ちゃづら)」と称されるほど茶道と関わりが深く、千利休や村田珠光といった茶人が帰依しました。現在も多くの塔頭(たっちゅう)が茶室や美しい庭園を有しています。