ヘボンが宿泊した歴史的浄土宗。
成仏寺の特徴
成仏寺は鎌倉時代の創建を誇る歴史ある浄土宗のお寺です。
開港当時、外国人宣教師ヘボンが宿舎として使っていた歴史的な場所です。
赤い本堂が立派で、気持ちよくお参りできる清潔感あふれるお寺です。
徳川家光が神奈川御殿を造営するため、今の場所を代替地とされ移って来た寺院。ヘボン博士が住んだ場所だと言われていたが、近年では本覺寺の可能性があるそうだ。線路は近いが境内が広いので割と静かである。
浄土宗のお寺になります。開山当時は真言宗・仏心宗(禅宗)・律宗・浄土宗の四宗を兼ねたお寺だったとのことです。幕末にはローマ字のヘボン博士も逗留されたようですね。御朱印は丁寧にご対応いただきました♪
こちらは2024年04月02日の訪問となります。東神奈川の寺が密集した区画の一つ。1200年代終盤創建で、浦島太郎の涙でできた石とされるものがあります。ここは下田開港当初、アメリカ人宣教師の宿舎となったそうで、その際、日本語塾が開かれたとか。宣教師のブラウンさんは聖書や讃美歌の和訳に尽力されたそうですね。
開港当時外国人宣教師の宿舎になっていたお寺。ローマ字で有明なヘボンさんもいました。
旧神奈川の宿場のお寺。ローマ字や目薬で名を馳せたヘボン博士が寄宿したお寺と有名です。明治生まれの私の父の葬儀の時、先々代の方丈様が、「戦争時に傷んだ寺の修復を、骨身惜しまずやってくれた」と語ってくれました。そのお墓も私で途絶えます。当方齢八十過ぎでもあり、現ご住職様に永代供養をお願いしている最中です。親不孝極まれりです…。
京急線に乗っていると見えるお寺です。隣に墓地があります。
成佛寺は、鎌倉時代の創建と伝えられる浄土宗の寺です。徳川三代将軍家光の上洛に際し、宿泊所の神奈川御殿造営のため寺地が現在地に移されました。安政6年(1859)の開港当初はアメリカ人宣教師の宿舎に使われ、ヘボンは本堂に、ブラウンは庫裡に住んだといいます。ヘボンはヘボン式ローマ字で知られ、日本最初の和英辞典を完成した。また、ブラウンは聖書や賛美歌の邦訳に尽力しました。
立派な赤い本堂があります。ヘボン先生がここに居を構えていたとは知りませんでした。横浜にはこうした歴史たる建造物や人が沢山関わっているんですね。謂われの書いた案内板もあります。
浦島スポット。ヘボンの宿舎だった、という他には「涙石」と呼ばれる石が。竜宮城から帰ってきた浦島太郎が腰を下ろし、過ぎし日を偲んで涙を流したとか。
| 名前 |
成仏寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
045-441-2492 |
| HP |
https://www.city.yokohama.lg.jp/kanagawa/shokai/rekishi/spot/zyobutuzi.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
〒221-0046 神奈川県横浜市神奈川区神奈川本町10−10 |
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私が読んだ限りでは、1850年代後半、横浜が港として開港したばかりの頃、この寺はアメリカ人宣教師たちの宿舎として使われていました。特に有名なのは、ジェームズ・カーティス・ヘップバーン牧師(ヘップバーン式ローマ字を考案したヘボン人)とブラウン氏で、彼らはこの地域に初めて到着した際、それぞれ本堂と倉庫に住んでいたと伝えられています。駅のそばにある割には、そんなにうるさくなくて、場所も広いです。現在では主要な寺院ではありませんが、横浜の歴史の中では静かな位置を占めています。ぜひ時間に余裕があれば寄ってみてください。