220年の歴史、鯨塚50メートル!
鯨塚の特徴
千葉県8聖人の醍醐新兵衛の墓が所在する神聖なスポットです。
鯨塚の50メートルという看板に惹かれた訪問者が多いです。
江戸時代に創建された捕鯨基地の歴史を感じる場所です。
江戸時代に220年の歴史を誇る関東で唯一の捕鯨基地があり、千葉県8聖人の一人にしてこの捕鯨組織の祖、醍醐新兵衛の墓がここ安房勝山にあります。「後世に残したい日本の漁港100景」にこの鯨塚と醍醐新兵衛の墓が選ばれています。“いさなとる 安房の浜辺は魚篇に 京という字の 都なるらん”「いさな(勇魚)」とは鯨の事。鯨の種類としては10メートル位のツチ鯨だったようです。この風化しそうな鯨塚を訪れ苔生した碑を見た時、何百年も前の昔この地が確かに捕鯨基地であったんだなと実感する事ができます。丁度入ってすぐ右の劣化した木版にこの鯨塚の説明が書いてありました↓“鯨塚(坂井の谷) 勝山藩酒井家の分家で竜島の殿様(3000石)と言われていた旗本酒井家の弁財天境内に鯨を解体する出刃組が1年に1基の供養碑を建てました。ここには120基ほどあり、堤ヶ谷石(地元の石)で作ってあります。風化したため70基ほどは埋めてしまい現在52基。 鯨塚は供養碑・祈願碑でありクジラの墓ではありません。 弁財天は水神であり、財産を司る福神です。 碑の大きさにより捕鯨数が分かると言います。 一頭で油は26~7樽(一樽45kg)赤肉60樽程度。 日本の鯨塚の中でも一番多い”当時の歴史を今に伝える貴重な場所でした(^o^)ちなみに、外房の和田浦では今も捕鯨基地があり夏には解体作業も見ることができます。そして近くの民宿「じんざ」や飲食店「ぴーまん」ではクジラ料理を堪能する事ができます(^o^)During the Edo period, whaling was practiced in Katsuyama in the summer. Fishermen would send out their boats in large numbers to catch Baird's beaked whales that came to the waters off Katsuyama in Tokyo Bay. The disemboweled whales were squeezed for oil, and the meat was dried and eaten as “Whale jerky(Kujira no tare)”.After the summer whaling season was over, the people who dismantled the whales, known as the “Deba-gumi”, erected small stone monuments to hold a memorial service for the spirits of the whales, express their gratitude and offerings to the whales. Many stone monuments called “Kujira-zuka” remain in this area.
| 名前 |
鯨塚 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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鯨塚50メートルという看板をみて行ってみました。鯨を獲れる地域ならでは。目新しく映る場所でした。