布市神社で絵を楽しむ初詣。
布市神社の特徴
狛犬の口には不思議な石の玉があり、神秘的な印象です。
正月限定の御守りがあり、貴重な体験ができます。
旧富樫郷住吉神社の由緒ある歴史を感じることができます。
境内には、弁慶が、100mほど投げ飛ばしたといわれる力石が展示されている。
明けましておめでとうございます旧年中は大変お世話になりました本年もよろしくお願い申し上げます今日午前中に、野々市市の布市神社に初詣に行って来ました。昨日の大晦日には、夕方に近所の神社にも初詣に出かけておまいりしてきましたが、今日が元旦なので今日の初詣が今年にとっては大切です。自分は金沢なのですが、野々市の布市神社はわりと家から近いです。電車にのって来て、電車で帰りました。布市神社でおまいりをして、お札と破魔矢(神矢)を持ち帰りました。お札は本当は年末に入る前に用意しておいた方が良いという話をきいたことがあるのですが、自分は初詣に神社におまいりする時に持ち帰っています。今日はお天気が良くて、初詣には良い日になりましたね。布市神社の周辺では、秋にはお祭りをやっていたりするので楽しい場所です。今年も良い年になりますように。2025年1月1日 伊藤聡恵。
狛犬の口の中に石の玉が入っている。外れない。口の中でで玉を削り出したのかな。
由緒ある社。見所が満載です。
素敵な神社一年の中で正月にしか販売していない御守り。
布市神社由緒沿革当社はもと富樫郷住吉神社護国住吉大明神と号した。寛弘六年、加賀の国の主護職富樫家○○○○○布市に舘を築き邸内社殿を造営して、父祖忠頼吉宗○○尊崇してきた住吉三神のご神像を安置した。この三柱のご神像は正暦三年富樫次○忠頼○加賀介として永住することが決定した時、一条天皇より下聘せられたご神像であって忠頼は常に身を放さず尊崇し、子吉宗を経て孫家国に伝えられたものであると社記に記されている。その後百八十九年を経た元暦元年に至り富樫泰家は木曽義伸と行を共にしたが文治元年義伸敗死し泰家は鎌倉に書を送って誠意を披瀝したが本領安堵の命がなかった。泰家はひたすら住吉大明神に祈願した。甲斐あって加賀の守護職左衛門尉の地位安泰を命ぜられたので新しく神殿造営工事を起し、文治五年九月十三日に全く落成した。これが現在の社地であって住吉三神を祀り併せて先祖忠頼の木像を奉斉して護国神社と称した。その後二百八十八年を経た文明六年十一月二十二日賊魁侵入し富樫の舘を攻めたとき、本社災火にあい、また長享二年六月九日二十四世政親焼死するに及んで富樫家は滅亡し、当社も衰微した。元和元年前田利常が神社仏閣を調査し寛文九年社料として宮田附せられて明治に至るが明治五年地租改正法により 宮田は官有地となり一万坪の社地もまた現有のものとなった。然るにその後露の宮、照日八幡社等を合祀しご神徳は衰えることなくいよいよ高揚し脈々と、一千年に及び、古来開運厄除神、交通の守護神、五穀豊饒(五穀豊穣)の神として、広く崇敬されている。また境内末社としてこの地にて「布水」の漢詩を詠じた菅原道真公を祀る天満宮伏見稲荷より勤進せる稲荷社であり学問、商業、婚儀などを司る。
野々市市の代表的神社です。旧街道に、布市がたっていた史実が有り由緒ある神社です。秋には、銀杏が一杯です。
10月第2週の週末にお祭りが有ります🎵皆さん遊びに来て下さい🙇一緒に盛り上がりましょう😅
野々市本町の神社。応神天皇、天照大神、底筒男命、中筒男命、上筒男命、富樫忠頼を祀っている。
| 名前 |
布市神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
076-248-1610 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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お稲荷様もお祀りされてました。