滑走路の歴史、感じる旅。
人吉海軍航空隊基地跡 滑走路の特徴
昔の海軍中継基地の滑走路跡が残る場所です。
ミュージアムから続く真っ直ぐな道が印象的です。
幅50m、長さ1500mの滑走路跡の歴史を感じます。
海軍の中継基地とは知らなかったです。とても大切な場所です。また、驚く様な広さです。おまけにガイドさんによる案内💁も神対応でした✨
長さ1,500m幅80mの、立派なコンクリート製の滑走路が存在したそうです。コンクリート製の滑走路は当時の国内ではごく少数だったとのこと(大半は土壌をそのまま整えた状態)。離着陸が天候に左右されることが少ない点が長所ですが、人吉盆地は霧も多く、飛行場の実用性という点ではこの地の立地条件はあまり良くなかったそうです。「ひみつ基地ミュージアム」までの長い直線道路は、その補助路の名残だそうです。南北に2本並行して走っていた、北側の補助路が現在は車道になっています。戦後、農地への転用が進められる中で、コンクリートの滑走路は撤去されたために、(えぐられた部分に)高低差が生じています。当時、ここで使用されていた飛行機は300mもあれば離陸が可能だったとのこと。しかし、これほどの長い助走を要した理由は、魚雷を搭載して離陸することが想定されていたためでした。滑走路の東端の森の下には、少年兵らが魚雷を組み立てていた「地下魚雷調整室」があります。
24/12訪問現在は直線道路や材木置き場に変わってしまっているが、滑走路を彷彿とさせる。
島根県の大社基地と同じく、コンクリートの立派な滑走路だったそうですが、今では痕跡は全くと言って良い程残っていません。 僅かに道路が直線となっているので、滑走路だったと分かるだけです。 せめて大社基地跡のように滑走路のごく一部だけでも残されていればと思います。因みに、大社基地跡のコンクリート滑走路も近年宅地化が進んで、10年近く前は数百メートル残っていましたが、今では殆ど消えてしまったそうです。
ミュージアムから伸びる真っ直ぐな道路当時は幅50m、長さ1500mもの滑走路があったとの事。現在は真っ直ぐな道路のみが残っているだけですが地図と合わせて見ると当時の雰囲気はわかりますなぜここに海軍の基地があるのかはガイドツアーで説明してくれますよ。
| 名前 |
人吉海軍航空隊基地跡 滑走路 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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とても勉強になります。戦争の終末期、14歳位の少年兵が集められ訓練していた場所。とても考えさせられます。展示物に私と変わらない背丈(150cm位)の制服があって胸が締め付けられました。行ったら是非、案内ツアーに参加してほしいです。次行く時はサイクリングしながら周辺を見てまわりたいなぁ。