西浦圓治の庭園で歴史を感じよう!
西浦庭園の特徴
日本を代表する方がいらっしゃった歴史的な庭園です。
ボランティア解説者の詳しい説明が魅力の場所です。
西浦焼きの美術館も併設されている特別な庭園です。
西浦家の庭園で、西浦記念館と共に訪れることをおすすめします。私が訪れたときは正門が閉まっており、西門の閂をセルフで開ける形でした。草だらけの内部には池(干からびている)と、明治天皇関連の石碑がいくつか立っていました。
保存会?のボランティア手入れに頼っている為、草ボーボーの一方手前。かつての姿を知らないが、今は広い敷地の屋敷の縁側から眺めるタイプの庭園でなく、明治大帝の御幸記念碑ほかが建つぐらいの、塀で囲まれた(造園の仕方も相まって)少し窮屈ささえ感じる場所。一般のリピート訪問者は無いと言い切れる。
幕末から明治に美濃焼きの発展に貢献した西浦圓治の庭園で、明治天皇の行在所となったとか。
美濃焼や町の発展に貢献した西浦圓治(えんじ)の庭園です。
寂れてます。
過去の歴史から、本市にも日本を代表する方が、みえたことを証明されたことが、良かったですね❗これをきに、皆さんが、来市頂ければと思います。
それほど広くは無い庭ですが多治見の郷土史からは外せない場所でしょう。織部ストリートから歩いて行けるので、散策がてら行くのも良いでしょう。開いているか否かは運次第です。
ボランティア解説者の方の説明が、なかなか詳しくておもしろい。
手入れよくない。
| 名前 |
西浦庭園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
090-1988-8775 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
2025年10月11日さわやかウォーキングの途中で立ち寄りました。案内板の内容はこちら。西浦庭園多治見市記念物(史跡)昭和53年7月12日指定幕末から明治にかけて、美濃焼や町の発展に貢献した西浦圓治(にしうらえんじ)の庭園で、離れ座敷が建てられていました。この離れ座敷は、明治13年(1880)6月、明治天皇下街道巡幸の際には行在所(あんざいしょ)となりました。この巡幸には伏見宮(ふしみのみや)、太政大臣三条実美(さんじょうさねとみ)をはじめとするお供があり、千人を超える大行列でした。その夜は岐阜提灯を50張以上灯し、数千匹の蛍を放って天皇の旅情をなぐさめたといいます。天皇は「木曽路以来初めて賑々しい景況である」と喜ばれたと記録されています。離れ座敷の建物は、表門と共に大正時代の初め頃に京都嵯峨の宝筐院(ほうきょういん)へ移築され、今も書院として残されています。令和2年1月 多治見市教育委員会。